クッキーとレイブン1
2018年、春。昨年の暮れはほとんど雪が降ることなく、寒さを堪えてでもバイクに乗りたいと思っているライダーたちにとっては快適な年越しとなったようである。しかし、年明けからは打って変わってドカリとした雪が降りしきり、瞬く間にせせらぎ町は白銀の世界となってしまった。
幸いなことに俺はロッティ(SR400)を職場の倉庫へと退避させ、自宅にマグナ(マグナ50)を残すことで、ギリギリまでバイクライフを謳歌していたのであった。
そうなると仕事も年度末の追い込みモードに突入し、彼女たちに構っている暇もなくなる。あれよあれよと言う間に2月3月が通り過ぎ、4月、再びせせらぎには春が巡ってきていた。
「そろそろロッティを迎えに行ってやらねば」
言葉とは裏腹に、炬燵へと投げた四肢は重力に逆らうことをことごとく拒んでいた。炬燵の持つおぞましい魔力によって生命力、抵抗力、意志の力などが根こそぎ奪われてしまっていたのである。おのれ炬燵。
本来仕事を退治した勇者は麗しの姫様を救いに往かねばならない。要はロッティを迎えに行かねばならないはずなのであるが、現状マグナ50での移動に不満は無く、仕事から開放された達成感も相まって、週末は何かと腰が重たいのであった。
『あ、それアタシも行きたい!』
複数台オートバイを所有することは非常に有意義であるのだが、大きなデメリットが存在する。
それは同時に彼女たちに乗ることが出来ないことであった。どう頑張っても身体はひとつしか無い。分身の術でも使えればまた違うのだろうが、
「マグナでロッティを迎えに行ったら、今度はマグナを置いてこないといけないじゃん」
『バスで迎えに来ればいーじゃん』
「それは確かにそうだけど」
それならば始めからバスでロッティを迎えに行けば良いではないかと思うのだが、どうも彼女は、寝ているロッティの顔が見てみたいようであった。
「ふむ・・・・・・分かった」
この爛漫な少女が、一体どのような反応をするのか、オモシロイことになりそうだと思い、俺は渋る身体に鞭打ってマグナとともにロッティを起こしに行くことにしたのであった。
さて、アウターを身にまとい、ヘルメット、ゴーグル、グローブを装着し、いよいよマグナ50のエンジンに火を入れようとしていた時、俺の耳には迫力がありながらもどこか均整の取れた、さながら優等生のような、或いは現代っ子のように身体は大きいが、どこか大人しげのある排気音が飛んできたのであった。
レブルだ。
レブル250。
と言っても旧式のレブルではない。以前に雑誌で読んだことのある注目のオートバイ。空冷二気筒ロードスポーツの心臓は水冷単気筒のエンジンに、メッキや艶のある塗装はマットな質感を重視した合成樹脂の素材へと変わり、より現代的、日本的なモデルへと舵を切った新型レブル250だった。
その変貌は最早、全く同じ名前の、趣の異なるオートバイと言うのが相応しいかに思えた。
日本では2017年に販売が開始され、大きく見える体躯とは裏腹に、足つきやフィット感も良く、女性でも扱いやすいと評判で、瞬く間に驚異的な人気を誇るシリーズとなっていた。
目の前を通るこのレブルのライダーも身体が小さく、恐らくは女性であろうと思われた。
と言うか、当のレブル250はなんと俺の眼前で停車したのである。
ライダーがヘルメットを脱ぎやるとそこに現れた顔はよくよく見慣れた職場の同僚であった。
「おまっ、クッキー!」
なんともはや。レブル250を駆り、春風のごとく颯爽と眼前に登場したのはなんとクッキーであった。
一体全体何故彼女がレブル250を? そんな疑問を他所に、クッキーはレブルのエンジンを切り、『彼女』を自立させ、こちらに向き直る。
「ふっふっふ・・・・・・先輩、紹介しますよ。レブル250の・・・・・・レイブンですッ!‼」
「な、なに・・・・・・ッ!‼」
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