ミヤとせせらぎ庵2

時刻はまもなく丑三つ時に差し掛かろうかという頃合い、古民家風居酒屋せせらぎ庵にいるお客はニ名。


一人は細身で高級そうなシャツやジャケットを着込んだ銀髪の、空気の澄んだ夜にその印影すらもはっきりと見える月を思わせる、さりとて満月ではなく、その欠け具合すらも芸術に思えてしまう程に美しい女性だった。


お口の方はあまりよろしくないが。


もう一人は対象的に昼間を照らす太陽のように咲う少女、ではなく女性であった。アメリカから流れてきた流行をそのまま取り入れたようなシルバーのスタジアムジャンパーに薄手のシャツ、ホットパンツと季節錯誤も甚だしいところだが、彼女の周囲の空間だけは西海岸の陽光が差し込んでいるかに思えた。


顔の造形が些か幼く、思わずその年齢を聞きたくなってしまう。



『ね、信じられないでしょ⁉』


ここでガタン、と黒いほうが『レギュラー』の入ったジョッキを音を立ててテーブルに置きやった。すでに中身は乾されており、彼女が目を細めれば、それがおかわりの合図であるかのようにマスターは次の準備に取り掛かるのであった。



「ロッティさんは相変わらず、オーナーさんに手厳しいですねぇ・・・・・・ひょっとして愛情の裏返しだったりします?」


『お馬鹿なことを』


すでに何杯も空けている彼女の顔は天狗のように真っ赤であった。隣の金髪もレギュラーを舐めながら心配そうに見ている。


『ねぇロッティ、飲み過ぎじゃない?』


『良いのよ、どうせオーナーさんの持ちなんだから』


『そうじゃなくてぇ』


どうやらこの二人は『オーナー』という人物と雇用関係か何かにあり、それぞれ名をロッティとマグナと云うらしい。恐らく源氏名か何かかと思われた。ロッティの方はオーナーに対して少々拗らせた感情を抱いているようでもある。


それにしてもであった。少々出で立ちは奇抜であるものの、見れば必ず振り返りたくなるような美女を二人も側において、オーナーという人物は余程羽振りの良い身分の者のように思われた。


私の興味は眼前二人よりも寧ろオーナーの方に注がれているのであった。



『それで・・・・・・えーと、何の話だったかしら。あ、そうそう、本当に女っ気ゼロって話だったわね・・・・・・あれは、女性経験、ゼロね』


『え、ちょっと待ってロッティ、オーナーさん、童貞なの?』


どうもオーナーと云う人物は童貞らしい。マスターとマグナはやけにこの話題への食い付きが良かった。


「何か証拠はあるんですか?」



『私と、マグナの姿が見えていて、一緒に生活しているのに、一切手を出そうとしない・・・・・・これが何よりの証拠よ!』


彼女の言わんとするところはなんとなく理解できた。紳士であることよりも紳士であろうとする態度が痛いほどに目に留まれば、何か別な要因があるのではないかと疑ってしまうものだ。


しかしながら、



「ロッティさん・・・・・・」


『ロッティ、それジガジサンって言うんだよ』



『っるさいわねぇ。ええい、マスター。ハイオクちょうだい!』


『わっ、ズルいロッティ、アタシもアタシも!』


「かしこまりました、ツケは?」




『『もちろんオーナー(さん)に!』』





ここは古民家風居酒屋せせらぎ庵。浮世の惣しさに疲れたお客様が、あるいは童貞疑惑のオーナーの愚痴をこぼしたい麗しい女性たちが、ゆっくりとした時間を過ごせるラグジュアリな空間づくりを目指し、本日も謹んで営業中でございます。

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