ミヤとせせらぎ庵1

2018年、冬。『せせらぎ庵』近年急速に人気を集める『古民家カフェ』というジャンルの勢いに乗っかる形で誕生した古民家風居酒屋であり、私の勤め先でもある。


何故古民家居酒屋ではなく古民家風なのかといえば、軒が古民家でも何でもないからだ。仙台街中の雑居ビルの一室である。


しかしながら内装やメニューにはこだわりがあって、一枚板でこしらえたカウンター席、囲炉裏を設けた座敷席などで東北各地の地酒や郷土料理、ジビエ等が楽しめるようになっている。


店長はかつて仙台の飲み屋街『国分町』でオーセンティックバーを経営していたと言い、自分のことを『マスター』と呼ぶよう私に命じていた。



そんなこの店には時折『不思議な客』が現れることがある。


国分町から流れてきた夜の女性とは違う、けれどもどこか浮世離れした出で立ちの女性が時折、それも獣すらも寝静まるような深夜の時分にである。


今日も二人、その手のお客さんが店を訪れた。


一人は夜に溶けてしまいそうな漆黒の出で立ちの短い銀髪の女性で、もう一人は、20歳を超えているのか疑ってしまいたくなるような、あどけなさを残した金髪の女性であった。


暗黙の了解と社会通念上のマナーとして、女性にその年齢を尋ねることはなかったが、些か幼すぎるようにも見えた。


こちらの視線に気付いた黒い方の女性がジロリと金髪の方を睨む。


『やっぱり貴方、警戒されてるじゃない』


『えー、年式で言えばロッティよりも歳上だなんだけどなー』


『SRはね・・・・・・積み上げてきた歴史が違うのよ・・・・・・』


『じゃあロッティは40歳?』


『は? 貴方、蹴られたいの?』


彼女たちの会話を訊くに、黒い方は40歳くらいで蹴りグセがあり、金髪の方はさらに年上らしい。現代日本において、年齢という概念はあってないようなものだが、よもやここまでの若作りが可能であるとは思ってもみなかった。


「ミヤ、おしぼり」


「あ、はい」


ミヤとは私の名前である。ミヤザワでミヤ、安易なネーミングだ。マスターに指示され、手に乗せても火傷しない程度に温まったおしぼりをサーバーから取り出して、カウンター席へと落ち着いた女性らへ手渡した。



『ありがと、マスター、いつものお願い、あとこの娘のも』


「かしこまりました」


マスターは恭しく一礼をして『いつもの』を作り始める。この店限定の裏メニューであり『レギュラー』『ハイオク』『軽油』というおぞましい名前のラインナップで、一度臭いを嗅いだことがあったが、とても人間が飲めるような代物ではなかった。


バックヤードへ下がり、お通しを準備する。部屋の隅に飾られたマスターと大きなバイク(CB1100と言うらしい)のツーショット写真がこちらに向かって笑いかけていた。


カウンターに戻ってみると、マスターを含めた三人はすでに会話に花を咲かせていた。


基本的に、彼女たちのような不思議な客の相手はマスターが担っている。そのため他にお客が居なければ、私はその会話を聴いているだけとなった。


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