クッキーとマグナ3
「へぇ・・・・・・いい感じだね」
車体の説明をしようと男はクッキーをマグナ50に跨がらせてみたのだが、これがなかなかに様になっていた。
クッキーは女性の中でも身長が低く、150cm程しかない。加えてダボリとした厚手のパーカーに自立さえしそうなゴツめのデニムボトムスというB系のファッション
に身を包む彼女のラフさはマグナ50のコンセプトにマッチしていたのである。
「え? そうですか?」
いい感じと言われても、何がどういい感じなのかいまいち分からない。そんなクッキーにはお構いなしに男は車体の説明に移った。
「これがセルスイッチ、こっちがストットルで、これはブレーキレバー・・・・・・」
一通り機能の説明を終え、最後にエンジンストップの説明と実際のエンストを体感して貰うと、あとは勝手にやれとばかりに敷地内を自由に走らせることにしたのであった。
「お似合いじゃないか」
誰に宛てるでもなく男は呟いて、自分がマグナに乗っていたときのことを考えた。180cmに程近い彼はマグナ50を駆る際、手脚をかなり持て余してしまっていた。
加えて『オートバイの本懐』という哲学的な命題に思いを馳せてみる。
彼はかつてオートバイへの興味を失った前のオーナーよりマグナ50を引き取った。以降男はマグナ50を懇ろに修理し、公道を走っても大丈夫なまでに回復させた。善いことをしたという確信があり、彼自身マグナ50を気に入っていたのだ。
しかし今、セカンドバイクとしての立ち位置と、一台をこよなく愛するというスタイル、どちらがオートバイにとって幸せなのかという命題が彼の胸中に逃れ難い不安をもたらした。
奇しくも彼にはオートバイの化身、それも人間と変わらない姿で彼の世界に顕現している。感情移入するなと言う方が難しいように思われた。
クッキーは敷地の周りを何度も行ったり来たりしてクラッチ操作の感触を確かめていく。
『あら、貴方より上手なんじゃない?』
いつの間にか思案に暮れる男の隣にはマグナ(マグナ50)よりはもう少し年上で落ち着きのある少女が立っていた。
磨き上げられたクロームメッキのように艷やかな銀のショートヘア、漆黒のジャケット、YAMAHA音叉エンブレムのループタイ、リアショックを意匠にしたスリッドのあるスカート、ラインの入ったタイツ・・・・・・そしてウィンカーレンズと同じ色の橙の瞳、それらすべてが洗練されており、見るものが一目見れば彼女がヤマハ発動機でトップセールスを誇るオートバイ『SR400』の化身であることは明白であった。
「まさか」
佇む少女の言葉に男は思わず苦笑いを浮かべた。目線はクッキーとマグナから離さない。
時折スロットルの開放が足りずエネルギーを失うことやフラリとするあったが、何とかエンジンを止めずにやりくりしている。
そもそもの運動神経が良いのかもしれない。
『ねぇ、ひょっとしてだけれど』
「ん?」
『あの娘にマグナ、あげるつもり?』
「・・・・・・欲しいとは言われてないよ」
少女はその言葉のニュアンスをすぐに理解した。実際に乗ってみて、バイクを好きになって、欲しいと言われれば譲ってしまうつもりなのだ。
『そう、寂しくなるわね』
「ロッティはマグナのこと嫌がってたじゃん」
『貴方が居ないときの話し相手くらいにはないっていたわよ』
「へぇ、どんな話をしていたの?」
『そんなもの・・・・・・』
ロッティが野暮ったく口を開いたとき、ちょうどクッキーがシフトチェンジを失敗し、ついにマグナ50のエンジンをストールさせた。転倒こそしなかったものの、焦ってギアが入ったままでセルスイッチを何度も押している。
やがて自分では対処出来ないと判断し、
「先輩〜ッ!! タスケテーッ!!」
大声で男を呼ぶのであった。男はすでにクッキーたちのところへ歩き出しており、ロッティの声は聴こえていなかったようである。
少女はしばし小さくなる男の背中を見ながら、吐き出しかけた言葉を改めて言語化するか悩んでみた。
そしてひとつ、大きな溜息とともに、
『そんなの、貴方の悪口に決まっているじゃない、馬鹿ね』
冬の空へと溶かすのであった。
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