クッキーとマグナ1

2017年冬、男は風邪をひいてしまっていた。それもそのはずである。昨晩、男は炬燵の魔力に負け、朝まで寝転がって過ごしてしまっていたのだ。


くしゃみとともに起床する彼をすぐに後悔が襲った。


何とか会社へと出勤を果たした彼のモットーは『※サラリーマンの仕事はタイムカードを押すまで』であった。つまり本日のノルマはすでに完了していたのだが、サラリーマンとは気楽であると同時に悲しい生き物でもあり、デスクに着いたら着いたで体調が悪いなりに粛々と己の業務をこなすよう自然と身体が動いてしまうのであった。キーボードを叩く音に、時折くしゃみを織り交ぜながら。


「先輩、風邪っぴきじゃあないですか」


休憩時間に男のもとにクッキーがやってくる。


「おぅ、クッキー、なんか用かね?」さらりとあだ名で会釈を交わし用件を問うた。



「先輩、昨日バイクは自分で乗らないとワカンナイって言ったじゃないですか?」


「言ったね」


それじゃあ、とクッキーは笑顔で開口した。「先輩のバイク貸して下さいよ」「それは、絶対、ダメ!」男は即答していた。というよりもクッキーの言葉を食い気味に言い放った。「えー」と口を尖らせて可愛らしくブーイングしてみるクッキーであったが、頑として譲らない。


「・・・・・・ってかね、クッキー二輪の免許持ってないでしょ?」


「そうですね」


仮に免許を持っていたとしても、おいそれと貸したり借りたりすべきものでは無いだろう、と男は考えた。


(・・・・・・いや待てよ、免許の面からもロッティは無理だけど、マグナなら原付きだし、敷地を軽く走るくらいなら問題ないのではないだろうか?)


男が所有する2台のオートバイのひとつ、マグナ50は原動機付自転車でありながらミッションが搭載されており、車体も大きく、本格的なバイクとしての側面も持ち合わせていた。


(・・・・・・案外、『オートバイの入り口』としてはうってつけなのかもしれないな)


「クッキーって自動車免許って持ってたよね?」


「えぇ、はい、まぁ」


原動機付自転車には普通自動車免許さえ持っていれば操縦することが可能だ。バイクのミッション車とはつまり車で言うマニュアル車と同じであり、AT限定免許では操作に不安がつきまとうが、法律上は可能なのである。



「やっぱりいいよ、バイク、貸してあげる」


「良いんですか?」


頑としてダメだと突っぱねる姿勢から一転、貸してもいいよとも言われるクッキーは目を丸くして何とか会話に着いてくる。


男はクッキーに寒くない格好やら転んでも大丈夫な丈夫なジーンズなどを注文するのであった。



※植木等の『ドント節』に登場する歌詞です。

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