クッキーとオーナー

2017年冬、とあるPC関連部品生産工場の一室で、男は年度末の書類仕事の傍らとあるバイク雑誌に目を奪われていた。


勤務中にそんな不真面目なことをしても怒られないのは、それなりに仕事は出来ている方なのだろう。


顔立ちは至って平凡そうな彼であるが、どことなくナードを彷彿とさせる雰囲気と180cmにも届きそうな図体のデカさ、そして何と言っても、


「へぇ、レブル250復活販売かぁ・・・・・・このデザインは売れそうだなぁ、でも走りの方はどうなんだろ?」


誌面を埋める情報に対していちいちブツブツと小言をのたまう姿は少々異様であり、社内ではすっかり変人扱いされていたのであった。


今も一人の女子社員が彼に接近するのだが、声を掛けられるまでついぞ気付かずの熱中ぶりであった。


「先輩、何読んでるんですか?」


「うわぉッ⁉」


男は驚いて読みかけの誌面を閉じる。まるでイケナイ雑誌でも読んでいた少年のようにバツの悪そうな面持ちで彼女を向き直った。


「なんだ、『クッキー』か」


「・・・・・・。その呼び方会社でしてるの先輩だけですよ?」


本名をクキタニ、そんな名字から学生時代を通じ彼女のことを『クッキー』と呼ぶ友人がいたそうな。


「そうなの?」


「そうです」


「変かな?」


「変ではないですけど・・・・・・ってか勤務中に何読んでるんですか?」


「何って、バイク雑誌だけど」


「偉そうに言わないでくださいこの給料泥棒」


真面目に咎めてやれば、男はバツが悪そうにそっぽを向いてみせた。


その時クッキーは他の先輩社員がこのバイク男に関して「アイツは時折バイクに話しかけてるヤベーヤツ」と心底心配そうに話していたことを思い出したのであった。



「先輩ってバイクに乗ってるんですよね?」


「そだよ」


「なんでバイク乗ってるんですか?」


「『なんで?』って、なんでよ?」


そもそもクッキーはバイク乗りに対して偏った見解を抱いていた。オートバイの最終的な到達地点は公道を『我ここに』と言わんばかりの爆音で駆け抜け、同じような仲間と半ば競い合うように危険な運転を繰り返し、エンジンを切れば酒と女と煙草、果ては違法薬物にまで手を出し、事あるごとに『ヒャッハー!』と叫び散らす無頼の輩を想像していたのだ。


「謝れ、すべてのバイク乗りに謝れ」


なんとなく、彼女の言わんとするところを察し、男は謝罪を促した。


「なんかすいません」続けて「じゃあやっぱりなんで先輩はバイク乗ってるんですか?」


「そりゃあ・・・・・・」


そんなの決まっているだろう、とでも言いたげなドヤ顔で男は口を開いてみたが、続く言葉がなかなか出てこない。一息ついた後、本格的に思案を始めてしまった。


「『モテたい』とか?」


沈黙を破ったのはクッキーからであった。彼女はどうやら思ったことはまず口に出してみるタイプのようである。男としてもその方が助かると見え、吐き出された言葉に関して吟味を始めた。



「いや、『モテたい』とまでは思わなかったかなぁ・・・・・・あ、でも『モテモテになるんじゃないか』という淡い不安と予感はあったかもしれない」


男は遠い目で言葉を紡いだ。その不安と予感はどうやら杞憂に終わったようである。


「メッチャ飛ばして『ヒャッホゥ!』的な?」


「いや、俺はそんな飛ばさないよ」


マジでなんでこの人バイクに乗ってるんだろうか? クッキーは訝しんだ。そんな彼女に男は難しい顔で答える。


「ぶっちゃけバイクの楽しみなんて、乗った人にしかわからないんじゃないかなぁ?」


「じゃあ貸してください」


「クッキー免許持ってないよね?」


「じゃあ後ろに乗らせて下さいよ」


「えーと・・・・・・遺書書いてもらうことになるけど良い?」


「どうしてそうなるんですか!?」


その時、就業のチャイムが二人の会話を遮断した。



「ま、自分で運転してみないと解らないと思うよ」


男は手早く荷物をまとめ、言い逃げするようにそう述べて席を立つのであった。


そして、誰にも聞こえないようにポツリと呟いた。




「後ろに女の子なんて乗せたら、ロッティが怒るだろうしなぁ」

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