オーナーとクララ11

山を降りる最中、俺はある推理をしてみた。


(ひょっとして俺は、過去へタイムスリップしていたのではないだろうか?)


そう考えれば不思議と腑に落ちる点が確かにあった。


山中道に迷った俺は何かの拍子に過去へとタイムスリップしてしまう。そこで、まだ生きていたお爺さんや当時販売されたばかりのGB250クラブマンのクララと出逢った。きっと1985年近辺だったのではないだろうか?


クララとの邂逅に於いてひとつだけ解消されなかった疑問があった。


いかに乗られていなかったとはいえ、あまりに綺麗過ぎたのだ。もしも俺がその時代にタイムスリップしていたのだとしたら、一応辻褄が合う。


初期型が販売されたのは1984年、コウジさんはそれを購入した後直ぐに亡くなってしまった。しばらく彼女は息子の形見としてお爺さんによって大事に保管されていた。


その頃に俺は彼女に出逢ったのではないだろうか?



その後、お爺さんも何かの理由であの家からは居なくなってしまう。亡くなってしまったか、或いは親族のところに引き取られたのか。



この妄想とも呼べる推理は非現実的であれど、腑に落ちるところもあり、我ながらなかなかとも思えたが、ひとつだけ重大な欠陥が存在していた。




それは他でもない、クララのことであった。


お爺さんが居なくなり、あの納屋の屋根が崩れるのにそう長い時間は掛からなかったことだろう。


長い年月を掛けて風雨に蝕まれ、亡くした主に思いを馳せ、いつか出逢った男を待ちながら、ただじっとあそこで一人寂しく待ち惚けていたのではないだろうか?




「迎えに来るね!」



そんな言葉が、何気ない約束が、彼女を深く傷つけてしまったのではないだろうか?



取り返しのつかないような残酷なことをしてしまったのではないだろうか?





まさに胸をナイフで抉られるようであった。









あの出逢いが夢であったなら・・・・・・





『こらあぁッ‼』



次の瞬間、俺の腕を掴んでいたのはロッティだった。



『しっかりと歩きなさいな、オーナーさん』


つい夢中になって考え込むあまり、道を踏み外してしまったようで、気がつけば俺は大きな水たまりへと片足を突っ込んでいた。



「あちゃー、やっちゃったねぇ」


『やっちゃったねじゃないわよ! 私まで片足突っ込んじゃったじゃないのッ!』


なんと、ロッティは俺を引き止める為に自ら水たまりへと足を踏み入れてしまっていたのだ。あれだけ汚れることを嫌っていた彼女がである。まさに驚天動地、明日は台風が来るかに思われた。



クララの件で思い悩み、殺伐としていた心に自然と笑みが溢れた。


「わぁ・・・・・・・・・・・・ぁはは・・・・・・ありがとね、ロッティ!」



お陰で少し元気が出た。


そう、俺は何も失ってはいない。


山で迷い、もしかしたら時空まで超えてクララに出逢い、彼女に助けられたのだ。


いつの日か、彼女の方が時間を超えて、俺のところを尋ねる日が来るかもしれない。



先程拾ったエンブレムを今一度しっかりと握りしめ、心のなかで彼女にしばしの別れを告げた。




さよならクララ。また逢おうね・・・・・・



























『ねぇ、ちょっと。貴方、何ニヤついているの?』



「・・・・・・へ?」


『ふざけているの?』



「い、いや」



『そう・・・・・・・・・・・・私の靴、泥だらけなんですけれど?』



「・・・・・・う、うん・・・・・・」




『靴! 泥だらけなんですけどッ‼?』



『ごっ、ごめんなさーい!』




追伸

生きてこの山から帰れたらね。

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