オーナーとクララ10
「・・・・・・ッ!」
そうだ! 納屋の中にはクララ(GB250)が居た筈だ。もしもこれだけ家屋が朽ち果てていたのなら、彼女は一体どうなってしまったというのか?
山間を流れる心地よいはずの風邪が異様に生暖かく肌にまとわりついて、不安な気持ちをより一層掻き立てた。
身の丈ほどにも伸びた軒先の草たちをかき分け、ほとんど屋根も残っていない納屋へと向かう。
苔むした扉に手を掛ければ、その扉は本来開かない方向へと口を開けた。
寄る辺もなく倒れてしまったのだ。
「・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・』
そこに『クララ』の姿は無かった。あったのは、長い年月を風雨にさらされ、全体のほぼ全てをサビに覆われ、蔓に侵食され、辛うじてかつて『オートバイであった』という面影のみを残す鉄の塊であった。
「・・・・・・・・・・・・一体これは」
何がどうなっているのかさっぱり分からなかった。
『ひょっとしてだけれど、新しく家族になるバイクってコレでは無いわよね・・・・・・?』
彼女はきっと冗談のつもりで言ったのだろうが、堪らず睨み返してみせれば、ほんのりと悪びれた様子でそっぽを向いた。
「・・・・・・絶対違う」
確かにここで、この場所で、俺は彼女と出逢い、色んな話をして、仲良くなって、車体も見せてもらって・・・・・・
「うちに来ないか?」
そう尋ねたのだ。
あの時見せてくれた彼女の、クララの笑顔は今も脳裏にはっきりと残っている。
夢や幻であったはずがない。
ロッティの言葉、そして湧き上がる不安を真っ向から否定してみたものの、ここがあの場所だったのかという確証すら無かった。
朽ちたフレームに近寄り、それが彼女ではないという証拠を探してみるのだが、ここまで朽ち果ててしまうと、原型すら想像するのは難しいように思われた。
しかし、じっくりと観察していれば、ほんのりとではあるが、元々は古式ゆかしきクラシカルなバイクだったのではないかと感じられた。
その時、俺の足元で、パキリと乾いた音が鳴る。木ではない。もっと軽い、人工物・・・・・・プラスチックだった。
泥にまみれてしまった草をかき分ければ、手の平サイズより少し小さい丸い物体が見つけられた。
汚れるのなんてそっちのけで『それ』が何かを確かめる。
「・・・・・・・・・・・・ッ‼?」
赤いHONDAのロゴマーク、奇しくもクララのガソリンタンクに着いていたものと同じであった。
「・・・・・・ゴメン、ロッティ・・・・・・無駄足だったみたいだ」
『ここじゃなかったってこともあるんじゃない? 探さなくて良いの?』
先程の失言のせいなのか、少しこちらの顔色を伺うようにロッティが訊ねた。
「うん・・・・・・暗くなると危ないしね。帰ろ」
少々困惑するロッティの手を引き、俺は再び壊れた橋のあった土手を渡るのであった。
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