オーナーとクララ7

「送って貰って申し訳ないね」


陽が落ちてすっかり暗くなってしまった山道を歩く俺とクラブマン。結局地図を確認できなかった為彼女に道案内をお願いすることになったのである。


均されているとはいえコンクリート舗装まではされていない道である。バックステップのフレームを意匠にしたハイカットブーツを着用しいていた彼女であったが、やはりこの道は厳しいようで、時折バランスを崩しかけた。


『ふわッ!』


「っと、大丈夫?」


『あ、はは・・・・・・すみません』


そう、さながら騎士の如く、崩れかけた彼女の身体を優しく支える頼もしい腕。嫌らしさは0である。ナイトの称号が欲しいくらいであった。



「あ、そうだ!」


山道を下る間考えていたのが、ナイトのくだりで思い出した。


下りだけに。




「もし嫌じゃなければ君のことを、クラリス・・・・・・クララって呼んでも良いかい?」



・・・・・・にしてもクラリスだなんて、まるで某国の王女のようである。気恥ずかしさも相まってロッティ(SR400)と同じく更に略称で呼びたいと思ってしまった。



『へぇ、クラブマンだからクラリスのクララ、ですか・・・・・・ふふふ、ちょっと安直ですね』


安直と、言いはするものの、やはり愛称まで付けて可愛がられるというのはオートバイにとっても喜ぶべきことのようで、少女はふわりと頬を赤らめた。



『・・・・・・もう名前も考えられていたんですね。嬉しいです。張り切ってお爺ちゃんを説得してくださいね』


「おうさ」


前方にコンクリート製の短い橋が見えてきた。暗くて詳細は判然としなかったが、登山中に見かけたような雰囲気のもので、向こうへ渡れば恐らく麓へ戻れるものと思われた。


橋の入口にまで来て、「ありがとう、これ以上はもう大丈夫」と彼女を留めた。



『こちらこそ、とても楽しい時間でした』


こちらの感謝に、感謝で応える彼女は手を差し出した。きっと握手のサインなのだろう。オートバイの化身とは言え、このように見るも美しい少女と握手を躱すのはなんだか気恥ずかしい感じもしたのだが、そんなことで気後れしていては、まともに彼女たちをエスコートすることも叶わないだろう。


彼女の掌を恭しく持って顔を近づける。そして聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで呟いてみた。


「ねぇ……キスして良い?」


『……へ?』


自分から訊ねておきながら、結局承諾も得ぬまま彼女の指先に口付けた。


『ふわぁっ! ・・・・・・あ、あははは、あ、あなたって、結構大胆ですねぇ・・・・・・』


少女が恥じらい、苦笑いして目を逸らしてくれたお陰で、こちらの顔は見られずに済んだ。恥ずかしいくらい緩みきった顔になっていたことだろう。



「それじゃあまた後でね」



『はい』


彼女は陽の光が届かなくなった山中に眩く煌めく笑顔で俺を見送ってくれたのであった。

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