オーナーとクララ6

それは走行距離を示すメーターであった。驚くべきことに、彼女の走行距離は200kmにも満たないものだったのだ。



コウジさんはもうこの世に居ないのだ。


どうしてこのことに、もっと早く気が付かなかったのだろうか。知らなかったとはいえ彼女への対応に失礼が無かったか自身の行いを顧みる。


『あちゃぁ、バレちゃいましたか』


クラブマンは悪戯のバレた子供のように無邪気に微笑んでみせた。


コウジさんがどんな人かは分からないが、いくらバイクへの興味が失せたからと言って、乗り始めて200kmにも満たず放置してしまうなんて異常とも言える。


可能性として挙がるのは大怪我をしたか、或いは所有者が亡くなってしまったか・・・・・・


怪我をしてバイクに乗れなくなったのであれば親しい者に譲ったり、売ったりも出来る。しかし、そうしようとはしなかった。そして、お爺さんはコウジさんの不在にも関わらず彼女を、GB250を後生大事に磨き上げてた。



コウジさんは亡くなってしまっており、クラブマンはその形見である、と考えるのが自然であった。




お爺さんは息子を失い、夢と現の判別もままならなくなり、今尚ふとした拍子にコウジさんが帰って来ても良いように丁寧に車体を磨き上げて待っている。




そんなバイクを俺なんかが触れて良い訳が無い。




「ゴメンね・・・・・・クラブマン」




『どうか謝らないで下さい』


少々肩を落とした彼女であったが、予めこうなることが分かっていたとばかりに、すべてを受け入れるかのような穏やかな笑みを湛えていた。




君のオートバイとしての願いは叶えられない・・・・・・



「・・・・・・今日のところは、ね」



『・・・・・・?! ん? ・・・・・・えっと、それってどういう・・・・・・』



「今日は一旦帰るけど、改めて君を迎えに来る」


『え・・・・・・え、えぇッ‼‼』


驚いた顔もまた可愛いかった。




「お爺さんを説得してみようと思うんだ」


先程のやり取りから、上手く話も出来ない可能性もあったが、俺のことをコウジさんだと勘違いしているのであれば、案外話が通じるかもしれない。騙してしまうようで心苦しさを感じるが、これも彼女の為だ。



『そ、そんな無茶な・・・・・・』


「無茶なもんか。以前にも似たようなことやってるし」


あーあ、また言っちゃった。そんなことは思うまい。



「とにかく! 次のオーナーが決まるまでの居候でも何でも良い、こんな綺麗な車体無駄にしちゃダメだ!」


最近お世話になっているマチダさんのバイク屋であれば何とかしてくれるかもしれない。



何より、コウジさんだって、こんなこと望んでいない。身勝手に故人の意志をでっち上げるのは気が引けるが、そうであって欲しいと強く思った。




『・・・・・・・・・・・・』




呆気にとられ驚いた瞳は大きく見開かれたまま俺の姿を捉えて放さない。しかし、最早こちらから彼女に語りかけることは何もないように思われた。


どのように考え、結論を出すのか、それは彼女の問題なのだ。






『・・・・・・・・・・・・あなたって・・・・・・変わった人ですね』


止めどなく、涙は溢れ出て頬を伝い、地面へと落ちていく。彼女はそれを拭おうともせず、ただ淀みのない笑顔を浮かべて立ちつくしていた。



あぁ、綺麗だな。純粋にそう思う傍ら、「やっぱ俺って変かな」と心中苦笑いしてみせるのであった。

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