オーナーとクララ4
昔々あるところに若い男と美しいバイクがいました。さてこの2人が人気の無い納屋で2人っきりで行うことと言えば何でしょう?
そう、現車確認である。
俺の眼前にはスポークの一本一本までもが眩い輝きを放つGB250クラブマンの車体があった。土埃も舞うであろう納屋の中にありながら、彼女の車体は異様なまでに綺麗であったのだ。ほとんど新車の状態なのではないだろうか?
『えへへ、たまにお爺ちゃんが磨いてくれるんですよ』
余程磨いて貰うのが嬉しいのだろう。少女が年相応の少しだらし無い笑みを浮かべたのを俺は見逃さなかった。一気にキュンときてしまう。
オジサンが・・・・・・いやオニーサンがいつでも隅々までキレイに磨いちゃうよ? 無論そんなことは口が裂けても言わない。
「へぇ、いいお爺さんなんだね」
あくまで平静を装う。それにしても自分自身の所有するバイクを他人に任せっぱなしで帰ってこないとは。
俺はコウジさんという人物に対し、少々憎らしさを覚えてしまった。しかしながら、バイクに乗らなくなる理由なんて十人十色で、マグナ(マグナ50)にしたってそうした背景があったからこそ我が家に来てくれたのだ。
あまり家にも帰っていないようであったし、都会に出ていて朝から晩まで仕事をしているのかもしれない。
「コウジさん、早く帰ってくると良いね」そう言おうとしたが辞めた。
そんなの彼女が一番思っていることじゃないか。俺は知らぬ振りで女体・・・・・・ではなく車体見学を続けた。
「あれ? これって・・・・・・!?」
『あ、気付いちゃいました? そう、私、初期型なんです』
フフフと上品に微笑んだ少女。車体の右側から時計回りに見ていた俺は左側からも突き出したマフラーを発見した。エアクリーナーからの吸気が独立した2つのキャブレター(デュアルキャブとも)へと送られ、DOHCエンジンの排気口からは左右に突き出す二本差しのエキゾーストマフラー。当時、まだ発展の最中にあったRFVCの技術がそのような装備の採用に至らせたのかもしれないが、250cc単気筒のクラシックバイクにはあまりにも豪華な仕様に感じられた。
馬力はなんと30hp、SR400よりも高かった。
「・・・・・・これはさながら二刀流を極めた宮本武蔵のような隙の無さじゃないか!」
『えーと・・・・・・どうなんでしょう、その例え』
少女は何処か申し訳無さそうな雰囲気を崩さずにはにかんで見せ、『でもセッティングは凄く気難しいって言われんですよ』とも付け加えた。
「いやいや、なんだか凄く良いものを見せてもらったよ」
これじゃ遭難するのも悪くないもんだ、と無責任に思ってみたが、こんな出逢いはなかなか出来るものでは無いのだろうとも感じた。
ざっと車体見学を終え、いよいよ帰ろうかと俺は納屋の出口を目指す。
指先が、扉の取手に掛かる寸前であった。
『待ってっ!』
納屋を退出しようとした俺の手を、とっさにクラブマンは掴んだのだ。
その白く細い腕で、掴み、手繰るように引き寄せて、今度は両の手でしっかりと掴む。
距離が近かった。互いの心臓の鼓動までもが伝播しそうな程に。
「クラ、ブ、マン? どしたの?」
驚きは当然だ。彼女の慎ましやかな外見からそんな大胆なことしようとは露にも思わない。
沈黙が納屋を支配した中で、疾走る鼓動も落ち着きを見せ始めた頃にもう一度、
「クラブマン。どうしたの?」
優しく、「大丈夫。君の手は、放したりしないから」そんな男気が口に出さずとも伝わるように、彼女に呼び掛けてみた。
すると彼女はポツリと呟く。
『もうひとつ、見せたいものがあるんです・・・・・・』
すがるように、俺の腕を抱く少女の手は酷く儚げで、
同時にもの凄く恐ろしいものに感じた。
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