オーナーとクララ3
(助かったー!)
そう感じ得たのは、アスファルトによる舗装こそされていないものの、自家用車が通るために整備された広い道に出れたときであった。
タイヤによって刻まれた轍があり、車の往来、つまり文明を感じることが出来たのだ。
文明最高!
「それにしても、クラブマン。君はこんな山奥に住んでいて不便ではないのかい?」
これまでに出逢ってきたバイクの擬人化少女たちは何れも本体となるバイクのデザインに準拠した装いであった。例えば、SR400であればクラシカルなお嬢様、マグナ50であれば、あくまで日本という立ち位置からアメリカンを目指したようなコンセプトが伺えた。
GB250の車両性能に詳しかった訳では無いが、比較的SR400と類似点の多い彼女の外見から、舗装されていない道を走るのに適したバイクでは無いことが容易に想像が出来た。
『あはは・・・・・・ですよね』
彼女は苦笑いを浮かべ、不便であることは肯定したものの、それ以上は何も言わなかった。
「?」
轍の道に出て程なく、一件の平屋木造の住宅(と言うよりは最早小屋である)が見える。
「その・・・・・・あまり、立派な家ではないのですが・・・・・・」
少女は顔を赤らめて申し訳無さそうに笑う。どうやら、ここが彼女の家らしい。
「オーナーさんは中に?」
『えっと、いえ・・・・・・今ウチにはお爺ちゃんだけ居るんですよ』
ご隠居も同居されているようである。
軒先に足を踏み入れれば、使い古された軽トラックであったり薪や哪吒、のこぎりなどが目に入った。ここの家主は林業に従事されている方なのだろうかと夢想してみたが、或いは迷い込んだ旅人を『調理』するための道具一式なのかもしれない。ふざけた想像もとい妄想だったが、不思議と得心のいくものであった。浮世離れした美少女が、突如山中に現れ、道を失った旅人を自らのねぐらへと誘い、そして喰らう。おとぎ話ではお決まりの流れでもある。
ヒヤリと首筋を汗が伝い、クラブマンとの間に一歩分の距離が広がった。
そのとき、小屋・・・・・・ではなく家屋の扉が開かれて、中から斧をもった老人が現れた。
「わ、わぁッ‼‼」
叫び声と共に心臓が飛び出してしまうかに思われた。「どうか命だけはお助けを」そんなしょうもないことを神様にでも祈ろうとした刹那、老人も驚いたように大きな声を出した。
「コウジ! ・・・・・・おめ、コウジやんか!」
俺の顔はさながら鳩が豆鉄砲を食らったときの顔であったことだろう。フーイズ”コウジ”。ちなみに俺の名前はコウジではない。
「おめぇ、はっぱりけぇってこねでや!」
お前、さっぱり帰って来ないで。語尾に『や』が付いたので意味的には『どういうつもりなんだ、え?』というニュアンスが含まれている可能性が高い。大学時代、『古代東北語』を専攻していたことがこんなところで役に立とうとは露さも思わんかった。
ものすごい気迫で老人に迫られる俺にクラブマンが近寄り、耳打ちをする。
『ごめんなさい、お伝えするのを忘れていたんですが、お爺ちゃん、ちょっとボケが始まってるんです・・・・・・』
「なるほど」
コウジさんと言うのはこの老人の息子さんで、長く家を空けているそうだ。そしてきっとクラブマンの本当の所有者なのであろう。
「おめがたがってきたバイク、納屋さあっからはよ片付けさい! 邪魔でしゃーね!」
どうやら、コウジさんはクラブマンを納屋に置きっぱなしにしているようであった。
「なんて酷いオーナーだ! こんな可愛らしいクラブマンを置き去りにするなんて!」
『あはは』
プリプリと怒る老人に併せて俺もプリプリしてみた。そんな様子をクラブマンはただただ苦笑いを浮かべて眺めていたのであった。
さて、ご老人は俺のことをコウジさんだと勘違いしているようなのだが、ここは一旦コウジさんを演じた方が良いのではないかとも思えた。斧を持っているならば、この老人は山へ柴刈りにでも行くのだろうし、帰ってきた頃には俺のことも忘れているだろうと思われた。
それに、GB250クラブマン。彼女の身体・・・・・・ではなくその車体もじっくり見てみたいと思ったのだ。
「クラブマン。もし、嫌じゃなければだけど、君の車体を見ていっても良いかな?」
『えぇ、勿論大丈夫ですよ』
慎みのある笑みで彼女は俺の頼みを快諾してくれるのであった。
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