ロッティとORGAN1
2017年、秋。大家さんが趣味で庭に植えている金木犀の香りが鼻腔をくすぐり、日常の景色にも郷愁と哀愁が漂う頃のことである。
何の用事もないただの週末、軒先でロッティ(SR400)とマグナ(マグナ50)を洗車していた俺はその金木犀の香りに悩まされていた。
「何か忘れている気がする・・・・・・」
『あらやだ、痴呆症?』
「ちっ、違うよっ」
金木犀の香り、よく幼稚園の時に使うでんぷん糊の匂いと形容されることがあるが、この匂いを感じると、何かとても大切なことを忘れてしまっているようで、ただただ不安な気分にさせられてしまうのであった。
その『何か』を思い出せそうで思い出せない。一度気になりだすと、ソワソワしてしまって何も手に付かなくなる。
「ダメだ・・・・・・せめて金木犀の香りが届かないところまで退避しなければ・・・・・・」
『元からおかしい人だとは思っていたけれど、今日はいつになく落ち着きが無いわね』
洗車の監視をしていたロッティも呆れ顔で見てくる。俺は道具を手にしたまま、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、終いには「次は何をするんだったっけ?」と自問してしまう始末であった。
「何処か落ち着いて珈琲でも飲めるカフェテリアへ行かなければ・・・・・・」
『相変わらず唐突ね』
それなら、とロッティは俺のPCを持ってきて、何やら調べ始めた。
「いやいや、他人のPC勝手に使うなよ」
そして何故パスワードを知っている?
『ここなんてオシャレな感じで良いんじゃないかしら?』
こちらの指摘は完全にスルーし、彼女が見せたくれたのは、コンテナを改装してこじんまりとしているが趣のあるアンティーク調のカフェテリアであった。
「ヴィーガンレストラン『ORGAN』?」
『まず名前が良いわ』
ロッティは何処か誇らしげに鼻を鳴らしてみせた 。
「さっすがYAMAHAの御令嬢」
音楽用語と親和性が高い。
喫茶『ORGAN』はお茶の井ヶ田が運営する商業施設、秋保ヴィレッジ『アグリエの森』の敷地横に居を構えているそうだ。
自宅からそう遠くないこともあり、のんびりツーリングを楽しみながら行けそうな場所でもあった。
「よしっ、そうと決まれば早速出発しよう!」
『って、貴方・・・・・・まだ洗車の途中じゃない!』
「また後で!」言うやいなや洗車道具をボックスへと仕舞い込む。
急遽決まった『ORGAN』行きであるが、とり残されるマグナが羨ましそうにすり寄って来る。
『いいないいなぁ、ロッティ。オーナーとデート』
『デっ、デートではないわ』
2人同時に相手してやれないのが残念でもあったが、すっかり打ち解け合えたようで、オーナーとしては嬉しい限りであった。
『じゃあナニ?』
『・・・・・・・・・・・・えぇと、その』
『やっぱデートじゃん』
『おだまり』
『うわぉ怖い、まぁムキになんないでよ』
『ムキィー!』
それは『打ち解けた』というよりかは、ノーガードで殴り合っていると表現した方が的確で、止めた方が良さそうだった。
「茶化すなよ、マグナ、お土産買ってこないぞ?」
『いやん』
半ばふざけてすがりついてくるマグナを宥めすかし、俺とロッティは喫茶『ORGAN』を目指すのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます