オーナーとクララ1

2017年、秋。澄んだ空気を彫刻刀で刻みつけたかのようにくっきりと鮮やかに広がる三原色の世界。空の青、早くに葉を赤らめた早熟な木々、未だ緑も多く残る山々、贅沢と言う他ない。


ここ数日間で一気に気温も下がっており、澄みゆく空気を肺に目一杯取り込んだ。


「いやぁ、来て良かったぁ!」


崖を前に、思いっきり伸びをして叫んでみる。今なら大声で叫んでみても問題ないのだ。何故ならば、今俺は山の中にたった一人で居るからだ。


太陽の位置を確認する。方角は分からなかったが、大分傾いてきていることだけは分かった。


「・・・・・・・・・・・・まずい」


どうやら俺は遭難してしまっていたようだった。



先ず、どうしてこうなったかを説明しよう。


『登山? 貴方が?』


貴方みたいな根性無しのモヤシちゃんに登山なんて出来るの? 足は大丈夫? 耐えられる? ロッティ(SR400)は無礼にも訝しむような眼差しを向けてきた。


「何を言うか。現代の大都市・仙台シティで育ちながらも、奥羽の山々に抱かれ育った俺は・・・・・・」


『その設定なんだけど、貴方都会人になりたいのか田舎者になりたいのか、せめてどっちかにしてもらえない?』


都会人と田舎者、どっちの良いところも取りたいと言うのが本音だった。否、状況に応じて上手く使い分けることが出来たら嬉しい。そしてそんな中途半端が許されるのも仙台の良いところではなかろうか。


「とにかく、週末は登山に行くの!」


秋も深まるこの季節、やはり一番の見所は紅葉であり、地元のテレビ局は各地の紅葉スポット等を紹介する番組を組んでいた。感化された訳では断じて無いが、たまには自分の足で大地を踏みしめながら景色を楽しみたいと思ったのだ。


『それで、私に目的地までの足になれっていう訳ね?』


「うん」


『嫌よ!』


「なんで?」


『登山から帰ってきたら貴方、泥だらけになってるじゃない!?』


「そうなるね」


『そんな状態で私に乗るの?』


「そうなるね」


『やめて頂戴!』


「・・・・・・じゃあ一緒に山登りする?」


泥だらけ、一緒になれば怖くない。


『もっと嫌!!』


笑っていればもっと可愛い筈なのに。そう素直に思える顔をキッ、尖らせて、ロッティは不機嫌を顕にした。毎度ながら綺麗過ぎる会話の流れであり、一切の淀みがない。


さて、俺とロッティの2人だけなら会話はここで終わっていただろう。しかし今はもうひとりの家族・・・・・・彼女、マグナ(マグナ50)がいたのだ。


『ロッティが行かないならワタシが行くッ!』


マグナは多少の悪条件でもよく走りたがった。これが、良くも悪くも展開を次のフェイズに持っていく。


「そうか、マグナは行きたいか。じゃあ・・・・・・」


今回はマグナで行くことにしよう、そう言おうとしたが、ロッティが待ったをかけた。


『・・・・・・ちょ、ちょっと落ち着いて地図をよく御覧なさい。目的地までかなり距離があるんじない? それに山が目的地となると起伏も激しいし、マグナでは、その・・・・・・体力的にキツいのではないかしら?』


思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて会話を続ける。


「う〜ん、でもさっき『嫌だ』って」


『い、行くわよ。私が行ってあげるわよ』


ロッティが苦い顔で週末の登山ツーリングを承諾し、あぶれたマグナであったが、


『そっかぁ、じゃあ今回はアタシはお休みだねー』


いかにも残念、という言い方こそすれど、彼女は俺に向かってウィンクをしてみせた。何とも末恐ろしい原付娘である。


そんなくだりもあり、登山する山の麓までロッティを駆り向かった。作並と秋保の間に跨り、標高こそ高くないが、西は奥羽山脈まで果てしなく伸びる山で、人の足もあまり多くないという。


現在は使われなくなったJR仙山線の駅舎にロッティを停める。駅舎の周りに目をやると、土間の前をガラス張りにした民家が数件あったが、どこも人の気配がない。


『随分寂れたところね・・・・・・』


「ここも昔はもう少し活気があったのかな?」


かつてあり得た賑わいを想像してもどうしようもない。じゃあ行ってくるねとロッティに告げると、俺は登山道へと入っていくのであった。

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