ロッティと夕立ち2
「雨の日は?」
『ダメ』
「雨は降ってないけど路面が濡れてるのは?」
『ダメ!』
「じゃあ天気だったけど急に降り出すのは?」
『ダメに決まってるじゃない! 調べが甘いのはバイク乗りとして以ての外!』
出逢ったばかりの頃のことである。ロッティ(SR400)は珍しく威嚇するかのようにキィーッっと歯を見せ、怒りを顕にした。
『大事なエンジンが汚れたら、どうしてくれると言うのかしら?』
「いや、そのためにエンジンガードが付いてるんじゃ・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・エンジンガードが錆びてしまったらどうしてくれると言うの?』
最早それ以上の問答は不要であった。
かつて会津若松へと遠征を行った際、安達太良山で雨の凶弾に俺たちは倒れた。いや転倒はしていないのだが、雨粒と言う名の弾丸を霰のように喰らい、ロクに観光も出来ず撤退を余儀なくされた。
その後、会社の上司に対するものよりも遥かに深く遥かに長い間頭を下げやり、それこそ米つきバッタが如く、ロッティに謝った。
しかしながら考えても見て欲しい。バイク乗りに突然の雨は付き物だ。「君子危うきに近寄らず」なんて高名なことわざが存在するが、現実世界では分からない危うさがそこかしこに存在する。
そして危うきに近付くことこそバイク乗りの醍醐味なのではなかろうかとも思う。
例えば、そう。今みたいに坂を登っていて、山向こうの視界が不明瞭なときである。不意に坂を登り切ると眼の前には空一面に鈍色の雲がびっしりと敷き詰められており、
「うわっ! (雨が)降ってる!」
『きゃっ! 嘘!? なんなの!』
2人同時に悲鳴を挙げた。バラバラと身体中に雨粒が降り注ぐ。こんな不意打ちのような雨、避けようがない。
バイクに乗っている際はライダーも併せて高速移動しているため、単なる雨であっても雨粒は横から殴るように降り注ぐ。顔に当たれば結構痛い。
「ダメだ! 一旦何処かで雨宿りしよう!」
『あぁんっ! もうっ! タンクがびしょ濡れ!』
俺は堪らずウィンカーを点滅させ、近くにあったお店のオーニング(日除け用のテント)を借りることにした。
そして何故か頭の中では結婚式場のコマーシャルにでも流れていそうなドラマティックな女性の声で紡がれる曲が流れ始めた。
それもそのはずであった。俺たちが雨宿りしたオーニングのある店は何と、ウィンドウにウェディングドレスを展示していたのだ。
「ロッティ大丈夫?」
リュックからタオルを取り出してブリッジ周りの外装を拭いてやると、その美しいクロームメッキに純白のドレスが写り込んだ。
ロッティにもタオルを渡すと彼女もドレスの存在に気が付いたようで、髪を拭きながらライトアップされた豪奢なドレスを見ていた。
突然の雨から逃れるうら若き美男美女。そこにあったのはウェディングドレス。2人は互いに見つめあい、機がすでに熟していたと知るのである。何ともロマンチックな展開ではないか。
「絶対似合うと思うよ」
意を決し、彼女の肩へと腕を回そうとした。
『そう? これよりもデイトナのマフラーが良いわね』
残念ながら氷のように突き放す彼女の言葉で腕は途中で止まってしまった。
「・・・・・・」
『それよりも貴方・・・・・・愛車をびしょ濡れにしておきながら言うに事欠いて「似合うと思う」ですって? よく言えたわね!』
「ひぃぃぃッ、ごめんなさいごめんなさいッ!! もうしません許してくださいッ!」
ロマンチックにライトアップされる純白のドレス。そのガラス越しには土下座する冴えない男と美しいバイク。流石にそんなコマーシャルは見たことがなかった。
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