マグナとBigLife3
帰り道も残りも少なくなった交差点、赤信号で停車する。ゼロハンながらエンジンブレーキがしっかりと効いており、メガホンマフラーを通じて唸り声を上げる。ひとしきり吠え終わると今度は打って変わって消え入りそうなアイドリングへと切り替わる。
程よくアクセルを煽ってやりながら、あることを考えた。
「あの空気を入れてくれた店主ならどうだろうか?」
近年では幾つかの店舗で見積もりを取ってもらい、他社よりも安い価格で様々な業務を依頼するサービスが流行っていると聞いたことがあった。
その考えに至ると俺は早速昼間に訪れたバイク屋『BigLife』を目指すことにした。
「・・・・・・ごめんくださーい」
店の入口前のスペースにマグナを並べ、バイク屋の扉を開ける。
店内は10畳ほどのスペースでピットが2つ、それ以外はバイクのパーツやダンボールが所狭しと積み上げられており、多くはホコリを被っていた。壁にはジャケットやヘルメット、塗装を剥がされたガソリンタンクが掛けられている。
店主は入り口から最も遠い角(ここが事務スペースと思われる)で丸い収納ボックスに座り珈琲と煙草を楽しんでいた。どうやらこの店は近年の嫌煙ブームにも関わらず、室内禁煙可能なのかと思われた。
「あら、どうも〜」
店主はまるでご近所さんかの如く他愛の無い挨拶と笑顔をこちらに向けてきた。「さっきはどうも」辛うじて及第点のテンションで応じることが出来たように思う。
「どうしたの?」
湿気を感じさせない笑顔で応じる店主に、これまでの経緯を話してみた。尚取ってもらった見積もりの金額は伏せることにした。
ひとしきり話し終えると店主が口を開く。
「う〜ん・・・・・・ウチなら工賃だけで9000円くらいかな〜」
「やります!」
「え?」
正に即決であった。即決というより食い気味に言ってしまったという方が正しいかもしれない。「いやっ、やって下さい!」
「じゃ、じゃあパーツも発注しておくね」
店主は手元のPCをいじり、フロントフォークのオーバーホールに必要なパーツをリストアップしていく。
勢いまかせに即決したあとで、急速に理性が追いついてきた。そう・・・・・・安すぎるのだ。先程は25,000円で今は9,000円。3倍近い差がある。
全部話してしまい足元を見られるのは嫌であったが、この店主ならきっとそんなことはしないんじゃないかという若干の希望的観測も含まれ、先程の大手販売店で取ってもらった見積もりの金額も話すことにした。
「そりゃあ、大手じゃそうなるよ」
さもありなん、と言った風情で店主は鼻息を鳴らした。
「あぁ言うところではしっかりしたマニュアルで料金が決められてるから絶対安く出来ないんだよ〜」
最後に「うちは個人営業だからね」そう加えて店主は戯けた。商売として成立するのか何故かこちらが不安になってしまう金額であったがそういうことであればお願いしない手はない。
「是非お願いします」
「それじゃ、来週末にまたおいでよ」
帰る際に店主は店の名刺を渡してくれた。
「マチダ・・・・・・さんですか」
アルファベットで記載されていたため読み上げは片言になってしまった。この出会いを機に、俺はほとんどの整備をマチダさんにお願いすることになった。
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