マグナとBigLife2

パーツ代込で30000円、決して払えない金額ではないのだが、俺は平凡な工場のラインであり、ロッティ(SR400)との生活もある。自ずとマグナ(マグナ50)に掛けられる金額にも上限があるように思われた。


せめて1万円台であれば・・・・・・


煮えきらない思いでマグナの隣に腰掛ける。かつてはここで煙草が吸えていたのであろう、足の低いテーブルにあしらわれたガラス製の灰皿の上に今は吸い殻ではなくキャンデーが用意されていた。


1つ、包を開けて口に放り込んむ。


マスカット味だった。


マグナも俺の真似をして1つ口に入れる。


『どうかなオーナー? アタシ、良くなりそう?』


飴玉を頬張る少女の瞳は期待に爛々と輝きを放ち、とてもではないが値段が理由で整備に二の足を踏んでしまっていることを言い出せなかった。


店を後にして家までの帰り道、再びマグナを駆り出す。


『直さなくて良かったの?』


彼女の抱いた疑問は当然のことであった。俺は嘘を付いてしまう罪悪感からチクリと胸を刺されたような痛みを感じた。


「・・・・・・うーんと、とりあえず今日は見積もりだけかな」


『ふーん、そうなんだ』


マグナの車体は『どこが悪いんだ』と思えるほどに快調であった。何年後しか分からない公道でも何のその、俺の住む町までの山間の道を何不自由なく駆け抜けていく。


『走るのは久しぶりだけどやっぱ楽しいね、オーナー!』


楽しそうに風を切り裂く車体。ふとした拍子に、本当に直す必要なんてあるのだろうか? 魔が差したようにそんな考えが頭の中で湧き上がった。


「フロントフォークって外見だとあんまり変化がないので知らないうちに漏れてる人結構多いんですよ。でも知らないで乗っていてコーナーとかで抜けたりすると転倒する可能性が高いので早めに直した方が良いですよ」


店を後にする際、ピットの作業員が親切にそう伝えてくれた。フォークのオイルが漏れていることが危険であることを知識として頭では理解していた。しかし、漏れ具合にもよるがフォークのオイル漏れに関して、バイク素人である自分には『何が危ないのか』という危機感を伴った経験値が圧倒的に足りていないように思えた。


作業員の人も商売である以上そのように整備を勧めるのは当たり前のことなのだが、何よりプロの意見である。


何れにせよ早いうちに直さねばならない。


作業員に言われたことを頭の片隅に留め置き、カーブではスピートを落として望むことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る