ロッティと新春痴話喧嘩2

「とりあえず近くのバイク屋に電話しないと・・・・・・」


『マジ使えねー男だなぁ、コイツ』


 玄関を開け放てば、胃もたれしてしまいそうな現場を目の当たりにする。頭を掻きむしり、苦虫を噛み潰したような面持ちでスマートフォンを手にする青年、そしてそれにブーブーと文句を連ねる少女。


 ロッティ(SR400)にはふざけて「若いもん」と言ってみたものの、本当に俺よりも若そうで複雑な気持ちになってしまった。


 「あ、うるさくしてすいません」こちらに気付いた青年は携帯に耳を預けながらもこちらに向かい軽く会釈をしてきた。「ちょっとトラブルでして」歯を見せて苦笑う青年の表情が語る。


「どうかしたのかい?」


主人である青年が通話中であったため、俺は『彼女』の方に話を聞くことにした。


『聞いてよ! もうっ! このポンコツライダー・・・・・・もうすぐ切れるって解ってたくせに予備のクラッチワイヤー持ってなかったの! 信じられる!?』


 低く、ドスの効いた水冷二気筒エンジンが唸り声を上げた。ジャンルとしてはざっくりとネイキッドでありながら、高回転で鋭く加速する、猛禽類を彷彿とさせるスタイル。そして特徴的なハシゴ型のフレーム・・・・・・VTR250だった。


※ハシゴ型フレーム(トラス構造)採用は1998〜2017年の間に製造されたモデルです。


 その意匠を引き継いだ少女はハシゴフレームデザインの縁のメガネを掛け、靭やか黒の長髪を称える、如何にも優等生歴とした佇まいで、とても先程まで聴こえていた怒号の主とは思えない佇まいであった。


 アウターを羽織ってはいたものの、トラック選手が切る上下セパレートタイプのピッチリとしたユニフォームに身を包み、目のやりどころに困ってしまう。


 そんな彼女は身体中から蒸気を発しており、かなり長い距離を走って来たであろうことが想像できた。ひょっとしたら普段はおとなしいが、長時間運用し、エンジンに熱を持つと気性も変化するのかもしれない。


「そ、それは災難だったね」


 彼女の怒気に押されて青年に習い苦笑う他なかった。しばし彼女とその車体、VTR250を眺めてみた。キャンディープロミネンスレッドのタンクが洗練された車体全体にとって良いアクセントになっている。ウチのロッティ(SR400)と比べてしまうと大体のバイクがそうであるのだが、実に速そうなバイクだ。


『普段は髪、結わえてるんだけど、コイツが・・・・・・チッ・・・・・・あー、ヘアゴム切れちゃった』


 舌打ちをかまし、悪態をつく。「今のままでも可愛いと思うけどね」とは言わないでおくことにした。


 そこへ通話を終えた青年が入ってくる。


「いやぁ、スンマセン。このポンコツバイク、クラッチワイヤーがイカれたみたいで」


 オートバイとそのオーナーが2人して同じようなことを言うので思わず吹き出しそうになってしまった。バイクはそのオーナーに似るというが、はたまたその逆なのだろうか。



それにしても、クラッチワイヤーが切れるのは非常に危険だ。恐らく中古で購入し、メンテナンスにそこまで注意を払っていないのであろうと思われた。転んでしまったり大きな事故に繋がる可能性だってある。しかし、見たところ青年に怪我は無く、VTR250に転倒の傷は見当たらない。



 「・・・・・・良かったですね」不謹慎にもポツリとそんな感想がこぼれた。


「は? どういうことスか?」


『ん? 何を言ってんのアンタ?』


 またしても笑ってしまいそうになる反応であった。この2人、実によく似ているのである。


「クラッチワイヤーが切れたのに何とか堪えてオーナーさんに怪我させずに堪えたんだから、オーナー思いの良いバイクだよ、君は」


 そう言ってVTRの肩をポンと叩く。


『・・・・・・いや、べつに、転ぶのが嫌だっただけだし』そんなお約束のようにツンとした反応には構わず続けた。次は視線をライダーに向ける。


「ものぐさなライダーであったならなんとかそのまま運転しようとしたかもしれない。ひょっとしたら大きな事故に繋がっていたかもしれない。でも君はちゃんと停車した、彼女のことを心配していたんだね? ・・・・・・偉い!」


 今度は青年の肩もポンと叩く。


「は・・・・・・はぁ、まぁ」


 この青年にしてみれば、VTRの声も姿も見えていない。辛うじて『彼女』というニュアンスが、オートバイを指していることはわかったようであるが。


 ビクリと俺から後ずさってみせるのである。


 しかし、互いに姿や声が確認出来ていなかったとしても、不思議と会話は成立していたのだ。きっともっと深い、たとえば意識のようなレベルでオーナーとオートバイは繋がっているのかもしれない。


「そうだといいな」そう思った。


「何よりツイているのは、君たち2人とも、どちらも怪我をしていない!」


『!』「!」


 2人揃って目を丸める。もはや以下略である。




「仲良くね」そう言ってバイク屋の軽トラにレッカーされる2人を見送り、徐ろに玄関先で煙草に火を着けた。


 そこへロッティも現れる。


「良い事をした後の煙草はおいしいね」


『・・・・・・』


 彼女は相変わらずムスッとした面持ちでこちらを見やる。今は彼女が何を言いたいのか解っていた。


「良い事もしたし、どっか行くか!」


 今日は大切なことを学んだ。自分のバイクとのコミュニケーションはしっかりと取らなければならない。そうしなければ安全で、楽しいバイクライフは訪れないのだ。


 そして、


『なんでこんなところでガス欠になるのよ! 信じられないわッ‼』


「さっきのスタンド高いから次のにしようって言ったのロッティじゃんッ!」


 バイク乗りとそのバイクはきっと似た者同士なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る