ロッティと新春痴話喧嘩1

 2017年、春。『春眠暁を覚えず』ということわざを知っているだろうか? 簡単に説明すれば、春は寝ているに限る、ということだ。昔の偉い人が云うもんだから間違いないことだろう(※春の夜はまことに眠り心地がいいので、朝が来たことにも気付かず、つい寝過ごしてしまう:デジタル大辞泉より)。



「は? なんでこんなところでワイヤー切れんだよ!? ざっけんな!」


『店のヤツ言ってたろーが! 「ワイヤーもうすぐ切れますよ」ってッ! アンタが面倒臭がって変えなかったんだろ⁉ マジ信じらんねーコイツ!』


 この時期、バイク乗りとその相棒たちは一斉に目覚めの時を迎え、道路へと繰り出し始める。しかしながらである。目覚めたばかりで本調子ではないのか、あるいは冬の間にどこかしらに不具合が生じたのか、はたまた新春新米カップルなのか、春になるとこうして往来のど真ん中で、しかも白昼堂々痴話喧嘩をしているコンビをよくよく見かけのであった。


 恐らく今現在我が家の玄関から聞こえ来る怒声もそのひとつなのだろうと思われた。互いを罵倒する声から、どうも一台のうら若きオートバイと新米オーナーが口論しているのであろうことが解る。自分自身初心者マー君のバイク乗りであることはこの際棚に上げておく。


「やれやれ、こんな絶好の小春日和に惰眠を貪らないとは・・・・・・どうやら今どきの若いもんは春眠暁を覚えず、ということわざを知らないようだね」


 よっこらせ、と万年床から腰を上げる。すでにロッティ(SR400)は起床しており、そこかしこから聞こえ来る雷鳴のような排気音たちにやきもきしているのであった。俺の起床に気がつくとギロリと睨みを利かせてきた。


『貴方はもう少し外へ出たほうが良いわ・・・・・・』


「・・・・・・わかった、ちょっと注意してくる」


『違う! そうじゃないわよっ・・・・・・たまには私を外へ連れ出して頂戴、って話!』


「この間走った時『花粉が、黄砂が』って散々ゴネてたじゃん!」


『あら? ・・・・・・私そんなこと言ったかしら』


 知らないわ、と明後日の方向を向いて見せる。この自称『ヤマハ発動機お抱えの最高にモダンでクラシックな美少女二輪車』、都合が悪くなるとすぐに言ったことを忘れたり無かったことにする癖があった。


「言ったよ・・・・・・まぁ良いさ。先ずは先輩バイク乗りとして若いもんに説教をタレて来る。ツーリングは、その後だ」


『うーわ、迷惑・・・・・・返り討ちに遭っちゃえばいいのに』


 苦い顔をして送り出してくれるのであった。


 さて、説教などと大きなことを言ってみせたが、俺自身バイクに乗り始めてピカピカの1年生。出来ることと言えばせいぜい近くのバイク屋を教えてあげることくらいかと思われた。

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