ロッティと初めてのカスタム

 2017年、梅雨。そう、それはまるで婚約指輪を渡すプロポーズのようであった。


 何気ない週末、例に漏れず意地悪な雨が週末のツーリングを断念させたある日のこと。その日は俺とロッティ(SR400)にとって特別な日であった。


 会社より帰宅し、玄関先の雨除けに置き配されたダンボール箱を拾い上げる。「よしっ」一瞬心臓がドクンと跳ねた。俺は緊張していたのだ。心を落ち着かせて、ロッティのいる縁側へと向かう。


 彼女はセンタースタンドによって礼儀正しく自立された車体のシートに腰掛け空を眺めていた。


「・・・・・・ロッティ、プレゼントがあるんだ」


『・・・・・・? 何かしら?』


 こちらへ首を向けて可愛らしく首をかしげたロッティ。意識するとたちまち気恥ずかしさが込み上げてきた。普段何気なく接している彼女であるが、人間では考えられない程に完成された美しさを誇っており、自分で言ってしまうのは些か悲しいことだが、こんな冴えない男の、月26000円築27年の借家に存在して良い少女ではないのだ。


 俺は柄にもなく緊張しながら手にしたダンボール箱をロッティに差し出しす。先日Amaz○n先生より発注させて頂いた品物だった。その瞬間『プレゼント』という単語に瞳をキラキラと輝かせていたロッティの目から光彩が失われた。


『何なのかしら? そのセンスのカケラもない贈り物の渡し方は?』


 流石はシーンを大切にするオートバイSR400である。盛大にダメ出しされた俺はメト○ポリタンホテルの最上階でも予約し、ベルエポックのロゼを注文すべきだったのだろうかと夢想する。そんなことをすれば、向こう半年は1日3食モヤシ炒め生活を余儀なくされそうではあったが。


 いや待てよ。むしろSR400はどのツーリングシーンにも違和感なく適応するバイク・・・・・・したがってこのプレゼントの渡し方も、特に間違いではないのではないか?


 身体の奥底で変な勇気が湧き上がるのを感じた。


「何かさ、プロポーズみたいで良くない?」


『良くないわよ。そんなプロポーズでは自転車だって口説けないわ』


 センス皆無と断じつつもロッティはダンボールを受け取って早速中身を検める。乱雑にガムテープを解いて、軒先に散らしていく。


「おいこら、お行儀が悪いぞ」


『プレゼントはこうやって開けるものなの』


「アメリカンか?」


 クラシックバイクのくせにである。そうこう言っている間に包装が解かれ商品が取り出される。


『・・・・・・ミラーね』


 一度前方に迫り出してから左右に鋭く折れ曲がったクロームメッキのミラー。ナポレオンミラーやカイゼルミラーとも呼ばれるそれはスタイリッシュで取り付けも極めて簡単、対応する六角レンチすら同封という至れり尽くせりの一品である。純正では少々野暮ったい印象があるSR400をドレスアップするには打って付けの一品でもあった。


 さらに左右セットで4000円弱という高いコストパフォーマンスを誇っていた。みんなも是非ご利用されたし。


『格好良い・・・・・・嬉しいわ』


 俺のお財布事情は勿論ロッティも知るところであった。その中で何かしらであっても記念を贈って貰えたのが嬉しかったようだ。


 彼女はその小さな胸に渡されたミラーを大事そうに抱きしめてみせるのである。その仕草によって、触れてすらいない俺のハートはギュッと鷲掴みにされてしまった。


 しかし、彼女は『でもね』と続ける。


『・・・・・・ミラーは本来後方を確認するためのもので、視認性や耐久性、大きさもとても重要になるの・・・・・・お店でじっくり確認してから買うのもすごく大事なことなのよ?』


 普段の毒気も何処へやらである。そのように諭されて、余計に恥ずかしくなってしまった。俺はちょっと浮かれ過ぎていたかもしれない。彼女たちはあくまで『走るため』の存在であり、デザイン性も重要だが、安全性はもっともっと大切なのだ。


『・・・・・・でも、やっぱり嬉しいわ。ありがとうオーナーさん』


 恭しく礼を述べる彼女に、俺は改めて「大事にせねば」と決意を固くするのであった。



「早速着けてみても良いかな?」


『えぇ、是非お願いするわ』


 丁寧にパッケージを開けてやり中身を出してみる。ズッシリとした金属の重みとひんやり冷たい質感が溜まらない。



「・・・・・・やっぱりこれはプロポーズだと思うんだ」


『口説いわね・・・・・・本当にその気があるのならマフラーくらいプレゼントして欲しいものだわ』


「えー・・・・・・でも見てこれ、指輪見たいなの入ってるじゃん?」


『それは座金。小指にだって入らないわよ』


 そんな出逢って1周年記念。

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