ロッティと初めての東京1

 2017年、夏。軒先を照らす太陽によって暗所となった居間にてのんびりと寝そべる俺はとあるアーティストの雑誌を読み耽っていた。


『東京追加公演決定!』


 好きな音楽に関してCDを買うことはあったものの、生まれてこのかた音楽ライブと言うもの参加したことは無かった。仮に推しのアーティストが仙台まで来ることがあったら行ってみようかくらいには思っていたが、私の好きなアーティストはそこまでメジャーなグループではなかったため、仙台の片田舎まで足を運ぶと言うのはやや現実味に欠けた。


 「新幹線か夜行バスで行けば良いじゃん」と思ってくれるだろうか? 実を言えば俺は各種交通機関というものが好きではない。先ず時刻を調べるのが億劫で仕方が無かった。バスなどは時刻通りに待っていても、交通状況によって若干の遅れが発生する。人間とは実に不思議な生き物で、バスの遅延により待たされている時に限って急にお手洗いに行きたくなるのだ。泣く泣くバスを諦めトイレを探し始めた頃に、これ見よがしに眼前をバスが通過する。そんな不毛なプロセスを幾度となく経験していれば誰だってバスが嫌いになるはずだ。


 今ならどうだろうか?


 ロッティ(SR400)と、彼女と一緒なら、或いは東京まで行けるのではないだろうか?


 以前彼女と共に会津へと赴いた際に通った国道4号線、あの道をあのまま南に真っ直ぐ行けば東京へと辿り着く。


『機は熟した。今こそ出立の時だッ!』


 心の中で何者かが法螺貝を鳴らした。その音に後押しされるように俺の身体はやにわに立ち上がり、ガラリと勢い良く軒先の窓を開け放った。


『っ⁉ ・・・・・・どうしたのよ? ビックリするじゃない』


 ビクッと一瞬身構えてから怪訝な顔でこちらを窺うロッティ。そんな彼女へオーナーたる俺の一言が送られる。


「おら、東京さ行くだ」


『・・・・・・』


 しばしの間軒先を沈黙が支配した。


『そう、いってらっしゃい・・・・・・お土産は東京バナナで良いわよ』


「・・・・・・おら、下道で行くだ」


『・・・・・・ひょっとして貴方、私に乗って行こうとしているの⁉』


「そのつもりだけど」


 一体全体他に何があると言うのか。


『・・・・・・何なの、それ? 新手の自殺願望か何か?』


 せせらぎ町は仙台市西部にある町で、東京(上野)まではおよそ350kmある。


 時速60kmの速度で1時間ごとに20分の休憩を挟む。計算上7〜8時間で東京へと辿り着ける着けるはずだ。


『ねぇ、貴方、何か嫌なことでもあった?』


「とりあえず、無謀って言う発想から抜け出して貰っても良いかな?」


 金曜の仕事が終わってから出発すれば翌朝には上野に着いている計算になる。加えて夜間であれば交通量も少なく、主要道路であればオールグリーン、或いは黄色点滅で快適かに思えた。危険も少ないだろう。


『自殺行為ね・・・・・・一応遺書だけは書いておきなさい』


「大袈裟だなぁ、大丈夫だって」



 そして金曜の夜。東京下道ツーリング敢行当日のことである。俺とロッティはせせらぎ町から南東に15km地点にある名取イ○ンにいた。




「どうしようロッティ・・・・・・メッチャ帰りたい!」


『言わんこっちゃない!』

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