マグナとOSHIGAKE!3

 車輪の空気圧とは、小さければ小さいほど車体が重く感じられる。ベテランのライダーであればほんの少し空気圧が下がっただけでも敏感に感じ取れるそうだ。


 何とも鼻の高いことに、俺にも理解できた。このマグナ(マグナ50)のタイヤにはほとんど空気が入っていない。べっしゃりと地面にうなだれるタイヤを見ながら呟いてみた。


「ふっ・・・・・・これで俺もベテランライダーってな」


『ナニ言ってるの?』


「なんでもない」


 下らない会話を交わせばこそ件のバイク屋までの道のりを何とか耐え忍ぶことが出来た。2kmの道のりは果てしない。これは遠足などではなく、さながら死の行軍であった。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、である。


 俺たちの家がある住宅街の区画から主要な幹線道路へと出る言わば表通りにその店はあった。『BIG LIFE』という大味な看板を掲げており、表には原動機付スクーターを含めた数台のバイクが並べられていた。


 その現身たる少女たちは自身の車体のシートに腰掛けたり、一箇所に集まって立ち話に興じたりと各々好き勝手にしていた。マグナを押して店の区画に入れば、一瞬こちらを睨むような目で見据えて見せるが、すぐに何もなかったかのように元の行動に戻るのであった。


車体を自立させ、汗を拭いながら彼女たちに声を掛けようか迷っていると見計らったように店主と思しき男性が扉を開けて顔を覗かせた。



「いらっしゃい〜」


 サーフィンでもするのか、あるいは酒好きか、いい具合に焼けた肌に短く刈り込んだ髪の壮年男性だった。加えて・・・・・・


「・・・・・・ッ!?」


 なるべく顔には出さないよう努めたが、着込んだインナーの裾からガッツリと彫り込まれた入れ墨がはっきりと見えた。


 ひょっとして来る店を間違えたか? 頭の中で撤退の算段をしてみたが、マグナを連れてきた時点で目的は赤子にでもバレるだろう。最早引き下がることは出来ないかに思われた。


「おぉ! マグナ50じゃん! すごいね〜」


「・・・・・・へッ!?」


 どもる俺にはお構いなしとばかりに、店主の男性の興味はバイクにフォーカスされ、「空気入れるの?」と即座にこちらの要望を見抜いてきた。


「お、お願い出来るんですか?」


「いいよいいよ〜」


 一体何が嬉しいのか、その焼けた顔から爽やかな笑みを惜しみなく溢しながら店に引っ込むと、すぐに空気入れの機材を引っ張り出してきた。


「マグナ、ここまで持っておいで」


 尚も笑顔である。何故お願いしてしまったのだろうか? あまりに外連味のない爽やかな笑顔、そしてそれに反するかのような風貌に強烈な違和感を覚えたが、先程も述べたように、すでに引き下がることは出来ない状況にいた。


『ね、ねぇ、大丈夫かな? アタシ、空気の代わりにタマシイ取られたりしないかな?』


「わ、わからん・・・・・・」


『・・・・・・やっぱ考え直さない?』

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「・・・・・・わからん」


 何事にも物怖じしなさそうなマグナもこの時ばかりは恐怖を覚えていた。

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