マグナとOSHIGAKE!2

 さて、マグナ(マグナ50)のお願いを聞く形で決して快適とは言えなかった万年床を捨て、おんもへと駆り出された俺はぐったりするロッティ(SR400)の隣に停めてあったマグナの車体を引っ張り出した。


 ちなみに我が家の駐輪スペースであるが、本来洗濯物を干すための透明な波型スレートを屋根にした軒先であるのだが、縦なら2台、横にすれば5台は優にバイクを停めておけるくらいのスペースが用意されていた。決して月26000円という破格の安さに目が眩んだ末の選択ではなく、いつかこのような日が来ることを見越していたのである。



『ようし! しゅっぱーつ!』


 相変わらず元気いっぱいのマグナであった。ナンバーを取得し直し、自賠責保険にも入っていたものの、相変わらずエンジンは掛からず、タイヤはパンクしており、乗ることは疎か長距離を押して歩くことすら困難に思われた。


「なぁ、知ってるか? コイツ、押して歩くの俺なんだぜ?」


『知ってるよ! ガンバって、オーナー!』


 フレーフレー、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ね、右手を空に振り上げた。


「・・・・・・」


 とりあえず携帯のナビアプリを起動し、現在地からロッティを購入した代理店の支店・・・・・・つまり、いつも半年点検などでお世話になっている店までの距離を測る・・・・・・6kmもあった。これは流石に無理がある。ロッティであれば30分も掛からないであろうが、マグナの車体を押していくとなれば、一体どれくらいの時間が掛かってしまうのだろうか。


 社会人1年目は頑張って10km以上離れた職場へと自転車で通勤していた俺であったが、バイクという移動手段を手に入れてしまった今では足腰を甘やかしきって久しい。


「あ・・・・・・」


 通勤というフレーズであることを思い出した。通退勤の際、その道すがらにバイク屋と思しき店舗があった筈である。調べてみると2kmもない距離に店を構えていたことが判った。


「遠くの親戚よりも近くの他人か・・・・・・」


『なにソレ?』


「ことわざだよ」


 ひとまず件のバイク屋へと赴くことにした。ひょっとしたらタイヤに空気だけでも入れて貰えるかもしれない。そうすればなんとかいつものバイク屋までの道のりも押し歩けるのではないだろうか?


『やった! なんか遠足みたいだね!』


 そんな朗らかなものではない。断じてない。考えてもみて欲しい。ギラギラと陽光が照りつける炎天下、間もなく30度に届きそうな気温の中、車輪が着いているとは言え80kg以上もあるマグナの車体を押して歩いているのだ。


 当然のようにマグナに用意してもらったシャツは汗でべったりと身体に張り付き、湿ったジーンズは擦れて両足の稼働を大きく制限してきた。


「うー、あづい、あづい・・・・・・」


 やはり、居心地が決して良くなかったとはいえ万年床を出るべきではなかったのだ。


「滅びの山へと赴くフロド・バギンズもこんな気持ちだったんだろうな・・・・・・」


「なにソレ?」


 マグナくらいの年頃の少女では、何でも珍しいのかもしれない。しょっちゅう『なにソレ?』と尋ねてきた。


「映画の話だよ」


 今度一緒に見るか? と訊ねると、やはり嬉しそうに『うん!』と笑うのであった。

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