マグナとOSHIGAKE!1

 2018年、夏。初夏の心地よい風や紅に染まる夕暮れ時の風情も遠い過去の物語。エアコンという現代科学の最高峰とも言える発明品を欠いた我が家はあっという間に猛暑の侵攻を許し、灼熱地獄もかくやと思われるおぞましい空間へと変貌していた。


 本来であれば先日我が家へとやってきたマグナ(マグナ50)のメンテナンスのため、諸々動き出さなければならない訳なのだが、


「うー、あづい、あづい・・・・・・」


 その言葉を発したからといって神様が願いを叶えてくれるわけでも、まして暑さが幾ばくか和らぐわけでもない。しかしながらこの呪詛に似た奇声は腹の奥底から無限に湧いてき出てくるのであった。


『ねぇ、オーナー、どっかお店行って早く直してもらおうよー?』


 敷布団に横たえる俺の身体をグイグイと押し引きするマグナ。この暑さにも関わらず元気が良い。本来このような組んず解れつのハプニングは両手を上げて大歓迎ではあるところなのだが。


「ひっつくな、あづい」


 マグナを一旦引き剥がし、スマートフォンで現在時刻を確認する。正午過ぎだった。放り投げ、その腕を伸ばして寝たままに窓を開けやった。ジットリと汗ばんだ肌にわずかにそよぐ風がなんとも心地良い。


 軒先ではロッティ(SR400)が自らの車体の上で伸びていた。


『うー、あづい、あづい・・・・・・』


 計らずも忙しく泣き喚くセミとのデュエットを奏でていた。流石YAMAHAのご令嬢、こんな局面においても音楽活動を怠らない。


 実際のところ誰かのツッコミを待っているのか、或いは空冷短気筒の宿命に打ちひしがれているのかと思われた。


「真似して良いんだぞ? マグナだって一応単気筒だろ?」


『いや、しないよ・・・・・・ってか手伸ばしたならその勢いで起きちゃおうよっ!』


 あろうことかマグナは俺の腕を引っ張り、引きずって敷布団の領土から引き剥がそうと力を込めてきたのである。


「う、うわっ! わかったわかった。わかったから引っ張るのをやめなさいっ!」


 例え50ccといえどその出力は3〜4馬力はある。そんなパワーになんの検閲もなく引っ張られれば、下手をすれば腕だけが千切り取られてしまう。


「勘弁してくれよ・・・・・・」


 観念して起き上がると『やっと起きた!』と悪びれもせぬ満面の笑みで俺の着替えを渡してくれた。


 手の平に乾いた衣服が載せられる・・・・・・下着、シャツ、ジーンズ・・・・・・そんなにも早く出掛けたかったのだろうか?


 今一度マグナへと視線を戻せば、御主人様にボールを投げてもらうのを待っている飼い犬のように期待を膨らませた瞳でこちらを捉えていた。


『さ、はやくはやく!』


「悪いんだけどさ・・・・・・・・・・・・今の下りもっかいやって良いかな?」


『なんで⁉』


 そんなしょうもない朝、ではなく昼の出来事。

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