ロッティとマグナ4
3万円(実際には4万円)。その数字を聞いて、ロッティは得たり、という表情を見せた。
『ふうん……その娘に使うお金はあって、私に使うお金は無いってことかしら?』
ジトリと纏わり付くような湿度の籠もった目線で突き刺され、背筋はゾクリと快感……ではなく悪寒を覚えてしまった。
「ちょっとその言い方トゲが強過ぎない?」
『だってそうでしょ? そういうことじゃない!?』
相棒の怒りは収まるところを知らず、半ばヤケになっているのでは? とさえ思える乱れぶりであった。しかしどうもおかしい。確かロッティは俺のマグナへの気持ちに対して前向きに捉えていてくれた筈であった。
なにか、大きなすれ違いをしているのではないだろうか。
「いやさ、ロッティだって応援してくれてたじゃん。この間の夜走った時も……」
その言葉を受け、『また下手な言い訳を』と訝しむ表情を見せた彼女であったが、思い当たる節があったようで、しばし自身の記憶を遊泳してみた後、急に豆鉄砲でも喰らったような顔を見せ『え、あの時の話ってバイクのことだったの!?』、と目を白黒させるのであった。
どうやらマグナの名前を伏せていたことが誤解を生んでしまっていたようだった。そもそもマグナのことを正直に話していたならば、どうもロッティには猛反対されていたようであるが⋯⋯
「え……と、じゃあロッティは一体何の話だと思ってたの?」
『てっきり同じ職場の女の人かと……』
どうも人間は大丈夫なようで、バイクはNGらしい。俺にはその差がさっぱりわからなかった。
『それは貴方……人間は良いというか……』
「なんでさ?」
一体全体何がどう違うと言うのか。いやむしろ人間の女性である方が、バイクにとってはクリティカルに危険な存在であるかに思えた。結婚や子育てを機にバイクを手放してしまう男性は少なくない。というよりも、その方が圧倒的に多いのである。
ロッティは一瞬言い淀んでみせた。
『厳密に言えば人間の女性だって駄目よ? でも……その、貴方みたいなおかしな人に、人間の恋人だなんて逆立ちしたって出来っこないでしょう、って……』
「…………」
場を沈黙が支配する。俺はジッと虚空を睨んだ。涙こそ流れないものの、ここまであけすけに言われると、ごもっとも過ぎて何も言い返せない。
確かに⋯⋯いや確実に、その通りであった。つい先程まだ年端もいかない原動機付自転車相手にいかんともしがたい感情を抱きかけた。人間で言うところの『職質案件』であった筈だ。
それにしても、あまりに酷い言われようである。
ロッティもロッティで少々(ではなかったが)酷なことを言ってしまったと誤魔化すように咳払いをして言葉を続けた。
『ゴホンっ……ひとつ、大切なことを教えてあげるわ―――』
「……っ!」
始まった! 格言が来る。俺は明後日の方向を向いていた首部を直して姿勢を正し、ついでに隣に佇むマグナの姿勢も正してやった。ロッティも『良いかしら?』と目配せしてからもうひとつ咳払いをしてみせた。
『バイクにおいてはね……『愛は割り算』なの。貴方のその身体ひとつで乗れるバイクは何台かしら? そう、一台よね? お金だってそう。その娘を養う余裕があるのなら、そして、それでも私への愛が不変だと言うのなら、私に新しいパーツのひとつでも買ってご覧なさい!』
要すれば「嫉妬」の一言で片付けられそうな話だが、ぐうの音も出ない正論である。マグナとの邂逅は無論値段に置き換えるべくもない話であったが、実際彼女を引き取った金額があれば、ロッティに新しいマフラーを買ってやることも出来たのだ。
『ね? 買えないでしょう? 愛は割り算……良いかしら? これは真実なの!』
いやはやこれはバイクとして生を受けた者としての性なのか、非常に切実であった。
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