オーナーとマグナ8
マグナ50と出逢った次の週末のことである。俺は再びあの定食屋を訪れていた。無論定食屋の味が気に入ったのもそうであったが、真の目的は定食屋には無かった。
早々に食事を終え敷地の外に出ると、Uターンするように隣接する住宅街の敷地へと足を踏み入れた。
『わーお・・・・・・おにーさん、また来ちゃったの?』
顔は笑っているが、些か困惑を隠せずにいるマグナ50が出迎えてくれた。
「嫌か?」
『いや、別にイヤってワケじゃないけどさぁ』その快活そうな外見とは裏腹に、歯切れの悪い物言いをした。彼女のリアクションは想像通りであった。だから驚かないし、怯んだりもしなかった。
俺はリュックからロッティ(SR400)の手入れ道具を取り出した。
『え、ナニソレ?』
「クリーナーセット、ロッティの」
ステンレス、真鍮、ナイロンの三色ブラシセットにウエス、CRCや各種クリーナーを白いコンクリートの上に並べていく。
『ひょっとして、磨いてくれるの?』
「嬉しいか?」
期待を孕んだ瞳は直ぐ様に戸惑いによって濁される。
『う、嬉しいけどさ・・・・・・それってぶっちゃけ倫理的にどうなんかな?』
「倫理的って何?」
『イヤさ、アタシもおにーさんのバイクってワケじゃないし、おにーさんにもロッティ? SR400が家にいるわけじゃん?』
「うん」
言わんとしていることは何となく解った。
「・・・・・・まぁでも、洗ってやるくらい良いんじゃないかなって、ね」
『見る人が見たら絶対アウトなヤツじゃん!』
彼女がキョロキョロと周りを見渡していると、ちょうど近隣の住民が通りかかった。
「こんにちは!」と笑顔で挨拶してみれば、別段こちらを怪しむ様子もなく「こんにちは」と返してくれた。 恐らく誰も彼女のオーナーが誰なのか知らないし、覚えてもいないのだろう。
「堂々としてれば案外大丈夫なもんだよ、たぶん」
『こんな行きずりの・・・・・・おにーさんってば物好きにもホドがあるって』
「フフフ、せせらぎ男児たるもの誰しも、藪をつついて龍を出す、虎の尾を踏みつけにする、はたまた火中の栗を拾わずには居られないかの正宗公の意志を受け継いでいるのさ!」
軽く文献を漁ればその手の話題には事欠かないのだ我らが正宗公なのである。
相棒であるロッティだけに留まらず、まだあどけない原付少女にまで呆れられてしまったので、適当な大見得を切ってみせた。
『大丈夫? 主語デカ過ぎくない?』
「大丈夫だ、問題ない」
すべてのせせらぎ人、いや仙台人よ、正宗公を見習うべし。
『そ、そこ・・・・・・サビキツいからもーちょいしっかりおねがい・・・・・・』
上の口ではあーだこーだと抵抗していたマグナ50であったが、いざ洗い始めてやると、あそこだここだと俺に指示を出すようになった。なかなか可愛いところもあるじゃないか。
「気持ち良いか?」
『うん!』
汚れを落としていくと地が見えてくるのだが、屋根に守られていたお陰か、そこまで酷いものではなく、新車同然、とまでは行かないもののかなり綺麗に仕上がっていた。
そして、そこにははっきりと『また走りたい』という意思が残っていることを俺は見たのだ。
『今日はさ、ありがとね・・・・・・』
サビや汚れを落とし、さっぱりとした筈のマグナ50は何やら余計に浮かない表情を見せながら礼を述べてきた。 彼女のその表情に、この一日胸中に抱えていた言葉を、本当の目的を吐き出そうと決心した。
「なぁ、マグナ・・・・・・」
もっかい走りたくないか?
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