オーナーとマグナ7

 マグナ50との邂逅を果たしたその日の晩であった。布団の中で俺は何とも言えないもやもやを抱えたまま眠れずにいた。


 あのように打ち捨てたれたバイクを目にするのはマグナ50が初めてではなかった筈だ。


 それでも、このようにやるせない思いを抱えてしまうのは、マグナ50が『気になるバイク』であったからに他ならない。


 つまり彼女、マグナ50が『気にならないバイク』であったならきっと気にもしていない・・・・・・理論上ではそういうことになる。


「・・・・・・っ!」


 自分自身の良くない思考にはたと気が付き、布団と一緒に振り払ってみせた。煙草とライターを手に取り、ジットリとした湿気が肌に纏わり付く縁側へと出ていく。



 そして火を着けた。


『煙いわね・・・・・・』


 低く落ち着いた、けれども良く通る美しい声に指される。車体のカラーリングと同じ漆黒の衣装に身を包み、街明かりにも闇にもよく映える自称ヤマハ発動機お抱え御令嬢にして今世紀最高の二輪美少女、そして俺の相棒でもあるロッティ(SR400)が目を細めてこちらを捉えていた。


「ロッティ・・・・・・起きてたの?」


『起きていては駄目?』


「いや、駄目ってことはないけど」『なら良いわ』そう言って彼女は体重を預けていた車体のシートから腰を持ち上げ、俺にあるものを手渡した。


 それはヘルメットとグローブだった。


『何か、つまらないことで悩んでいる顔だわ・・・・・・そういうときは一度思いっきり走って、頭を空にするのがお勧めよ?』


「ロッティ・・・・・・そうだね、そうするよ」



 相棒に唆された俺は寝間着を着替え夜に飛び出した。彼女とともに走るのは思えば東京ツーリング以来であった。


『ひとつ、大切なことを教えてあげるわ』


 ちょうど赤信号で停車したタイミングでコホン、と仰々しく咳払いをしたロッティ。この言葉は、彼女の決め台詞でもあった。ワケの分からないことを言うこともあれば、至極真っ当なことを言うこともある。或いは思ってもみなかった新しい視点を与えてくれることもあった。


『・・・・・・世の中にある悩みのほとんどがどうでもいい悩みとどうにもならない悩み、そしてその両方に分類されるわ・・・・・・』


「なるほど・・・・・・」


『貴方の悩みはどんなものなのかしら?』


 彼女にマグナ50との出逢いの話をしても問題無いかと少しの間思案してみたが、とにかく一旦主語をボカして話してみることにした。


「無下にされている子がいるんだ・・・・・・可哀想だなって思ってる」


『他人の心配だなんて良い御身分ね』


 辛辣な一言であったが、一方真実でもあるな、と思えた。


「う、うん・・・・・・でもさ、そういう子は他にも一杯見てきたんだ。今ここでやるせない気持ちになるのって卑怯かな、って思っちゃって」


 眼前を行き交う自動車の光に合わせ、昼間のマグナ50との邂逅が走馬灯のように蘇る。


『あら意外・・・・・・そうね、その子はきっと女の子で、貴方には下心があるのね?』


 鋭い指摘であった。


「そう、なのかもしれない」


『助けてみたら?』


「え?」


 意外なことにロッティは怒らなかった。『バイク乗りに恋人だなんて論外』とでも言われるものかと思っていたのだが。


『ひとつ、大切なことを教えてあげるわ』


 本日二度目の名言である。


『人間やった後悔よりもやらなかった後悔の方が強く残るものよ』


「そうかな?」


『貴方がその人を助けたいと思うなら助けてみれば良いじゃないかしら? それが正しいかどうかなんて他人が決めることではないわ』


「そっか・・・・・・そうだよね」



 信号が再びグリーンへと替わり、アクセルが開放される。夜風を切り裂いて疾走れば、煩わしい湿気とともに鬱屈とした気分も消えて失せていた。

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