オーナーとマグナ6
『ゴメンゴメン・・・・・・折角見に来てくれたのに変な話にしちゃった』
はたと気が付いたように少女は鬱屈としていたローギアな話題をニュートラルな方向に持って行った。
『ってかおにーさんもさ、バイク乗るカンジ?』
「うん、乗るよ」
『何に乗ってんの?』
初夏の日差しを波型スレートの屋根が遮る駐輪場の隅で俺とマグナ50は取り留めもない会話に花を咲かせた。
「YAMAHAのSR400、ロッティって呼んでる」
その発言に少女の顔は一瞬凍りついた。
『ん? ・・・・・・ちょっと待って・・・・・・えと、何ソレ? アダ名付けてんの?』
一変『ゴメン、今年イチ笑った。メッチャウケる!』腹を抱えて悪びれもなくそのように呵々大笑してみせた。暗い話題が支配しつつあった状況で、彼女の笑顔に安堵する反面、手放しに大笑いされ気恥ずかしいや腹立たしいやら複雑な思いであった。
しばらくの間ツボに入って大笑いする少女の姿に半ばヤケになって言い返した。
「う、うるさいなぁ。可愛いから良いんだよ」
愛のカタチとは人それぞれである。暴走族のような大きな音を出すカスタムも、走り屋のようにシャープにスピードを探求するカスタムも、あるいは純正こそ至高という考え方も、どんなカスタムであっても、どんな走りさえもすべては愛の一言で片付けられる。
そして愛のカタチに正解も間違いも無い。
しばらく涙を浮かべながら笑っていた少女であったが、流石に茶化しすぎたと感じたのか苦し紛れにフォローを入れてくれる。
『ゴメンゴメン・・・・・・うん! てか、イイじゃん。そういう愛し方、アリだと思う、多分』
「いやいいって、そういうフォロー、逆に恥ずかしさ増すって」
『確かに!』
今度は2人して笑ってしまうのであった。
ひとしきり笑った後『んじゃあさ』と、少女は切り出した。あどけない少女らしからぬ、相手の胸の内を探るかのように寂しげな色を孕んだ瞳で、『折角だからさ、アタシにもアダ名、付けてみてよ』 そう言ってこちらを覗き込んだ。
「えっ?」
思ってもみなかった言葉にドキリとしてしまった。気分を害されたとかそういうものではない。ただあまりにも唐突過ぎて、その言葉の意味を理解するのにほんの少しの時間を要しただけである。
しかしながら、そのほんの少しの間だけで少女が希望を捨ててしまうには十分だったようだ。
『自分にもアダ名が欲しい』、その要望は俺が吟味する間もなく彼女本人が直ぐに撤回してしまった。
『・・・・・・ゴメン、やっぱ今のナシ』
何故そんな質問をしたのか、何故すぐに撤回してしまったのか、その理由はすぐに分かった。
少女が吐き出した溜め息の中には『愛されたいという欲望』と、『再び見捨てられてしまうことへの恐怖』が混ざっているかに思えた。
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