オーナーとマグナ5

 いっそ清々しい程の晴天とは裏腹に、暗雲に支配された心境でマグナ50と相対することになった。


「そういやいつからだったっけな? ・・・・・・オーナーに乗って貰えなくなったのって」


 居心地を悪そうにする俺に気を遣ったのか、自嘲気味に笑って見せた少女はポツリポツリと自身の昔話を始めた。


  『オーナー』とはつまり俺のことではなく、マグナ50の現在のオーナーのことだ。話を聞いているうちにどうも男性であることが判った。


 彼がマグナ50を購入したのはおよそ7年前だったそうだ。普通免許だけで乗ることの出来る本格的なミッション付きの原動機付自転車。最早50ccではあり得ない圧巻の体躯、迫力のサウンド、乗り心地・・・・・・すべての要素でマグナ50はオーナーを魅了していた。


「すっげーや! 排気音最高じゃん‼」


『でしょでしょ!? もっと吹かしても良いんだよ!?』


「よっしゃ! このまま何処まででも行けそうだぜ!」


たとえ互いにその姿が認識できなくても、きっと二人の関係は最高だったのだろう。かけがえのない相棒を手に入れ、はしゃぐオーナーと共に、それこそ何処まででも笑顔で駆けて行く爛漫な少女の姿が容易に想像出来た。


 しかしながら、そんな幸せな日々は長続きしなかった。 次第にオーナーの興味はクルマへと移っていき、マグナ50はこの駐車場に居ることが多くなった。


 よくある結末だ、とも思う。若い頃はクルマを買うことが出来ず、普通免許でも乗ることが出来る原動機付自転車は重宝される。しかし、移動距離や快適性を考慮すれば、圧倒的にクルマに軍配が上がるのだ。


 自賠責保険が切れ、外装も汚れていき、タイヤから空気が抜けてしまうと、ついに見向きもされなくなった。


『・・・・・・んで、イマじゃときどき通るバイクの排気音聴いて、『あーアタシにもこんな時期あったなー』、って浸っちゃってるワケ』


 大袈裟に手を上げて『降参』のジェスチャーをしながら少女は苦笑した。しかし、その目は全然笑えていなかった。今にも涙が溢れくるのを必死で堪えているようにさえ思え、見ているだけで胸が締め付けられるようであった。


 彼女の聴いた音の中に俺とロッティのものもあったのだとしたら・・・・・・そう思うと何とも言えない感情が胸の内を駆け巡ったのだ。


「まーさ・・・・・・何だかんだ言ったってアタシってば所詮原付だしね」


「・・・・・・・・・・・・」


 たまたま訪れた駐輪場の一角で、ただただ朽ち果てるのを待つのばかりの少女に、かける言葉は出てこなかった。

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