オーナーとマグナ4

 正午を回り、太陽が徐々にその勢力を強める。ジリっとした熱がコンクリートから放たれ、余分な湿気が空へと帰っていく地中海の昼下がりのような日に規格外原動機付自転車とその現身である少女に出逢ったのだ。


「格好良いボディだね」


 食後ということと気温が上がってきたことで発汗し、ピタリと身体に張り付いたシャツの居心地悪さも気にせず、色々な視点から彼女を眺めた。写真で見るのと実際に見てみるのとでは全く印象が異なる。通常の原付スクーターからおおよその体躯を想像していたのだが、その予想は良い意味で裏切られた。


 思っていた以上に大きいのだ。リアタイヤは駐輪場の白いコンクリートから少しはみ出してさえいた。


『そ、そう・・・・・・アリガト』


 そう短く言うと仕切りにもたれ掛かっていた少女は目線を逸らし俯向いた。


 理由はすぐに解った。


 汚いのだ。


 立派なガソリンタンクは降り積もった花粉や砂、埃で薄黄色くコーティングされており、リアホイールのディッシュも錆だらけ、勿論タイヤもパンクしていた。自賠責保険のステッカーから5年以上前に期限が切れていたことが判る。


 とても走れる状態ではない。


「大丈夫? なんかゴメンな・・・・・・」


 『意中』最早そう表現しても差し支えないだろう。一度本気で会ってみたかった、乗ってみたかったバイクである彼女に出逢えたことで完全に舞い上がっていた。


 今の今まで汗をかいていた筈なのに、一気に冷水をかけられた気分だった。


『大丈夫・・・・・・慣れてる』


 少女はより深く頭をうなだれて腕の中に顔を埋めた。


 これは決して珍しいことではない。


 動物でさえ飼育を諦め放置してしまう人間がいる。良いとか悪いとかの話ではなく、あるのだ。


 それと同じように、バイクを買ったけど趣味に合わない、違うバイクに目が移った、壊れた・・・・・・放置される理由は様々だ。


 バイクに限らず、クルマであろうが、自転車であろうが、家でも、誰かにとってかけがえのない物でも、そして人間でさえもいずれは朽ち果てる。


 それは、どうしようもないことなのだ。


 でもさ、と思う。


 誰にも必要とされず、朽ち果てるの待つのはきっと辛く、苦しいに違いない。それだけはわかった。


 こういった局面に出くわすと、当事者でもないのに胸にトゲが刺さったかのようにチクチクと痛み出す。放置されて朽ち果てていくバイクへの憐れみ、手入れを怠るオーナーへの憤り、それでも否定しきれない『自分もいつかロッティ(SR400)をこのように扱ってしまうのではないかという不安と恐怖』。


 えも言われぬ様々な感情が胸の内でトグロを巻き始めた。

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