オーナーとマグナ3
初夏の乾いた風が満腹となった胃袋を優しく撫でる昼下がり、定食屋に隣接する住宅街の駐輪場にてその出逢いの物語は始まった。
「一体どんなバイクが置いてあるのか?」
稚拙な好奇心から定食屋の区画を外れ、住宅地の敷地へと足を踏み入れる。駐輪場を覗けば、無機質な白のコンクリート舗装の上に疎らに停められた自転車たちが出迎えてくれる。
その一番奥にて、まるで隠れるようにひっそりと、『彼女』は薄い鉄の仕切りを背にして座り込んでいた。ゆっくりと奥に進んで行き、やがてその全貌を捉える。
シルバーの塗装、素人が見れば普通自動二輪車、250ccと見紛う迫力のボディ、堂々としたガソリンタンク、メガホン型の純正マフラー・・・・・・
そして、その車体に寄り添う一人の少女。染め上げた金色のくせっ毛、肩のラインにメッキのような輝きを持つ素材のあしらわれたシルバーのジャケット、胸にはエンブレム、メーターモチーフのネックレスに、腹部を出した大胆なインナーシャツ、ホットパンツをボトムズに着ており、アメリカンと言われれば誰もが納得することだろう。
「やぁ」
『はい?』
声を掛けてみると、彼女は驚いたように顔を上げてこちらを見た。『誰が自分なんかに声を掛けるのか』と今の今まで思っていたような表情だった。
「君は?」
駐輪場に座り込む彼女の正体を知っていながらも、敢えてその質問を投げかけてみた。
『え、アタシ? ・・・・・・アタシは、マグナ50だけど・・・・・・』
マグナ50、知っているとも。一瞬胸が高鳴るのを感じた。気取られまいと鼻から体内の空気を出して、笑っているように振る舞った。その仕草に気を悪くしてしまったのか『おにーさんはさ、何か用なの?』と訝しむようにこちらへ向ける目を細めた。
「いや何、あんまりカッコいいバイクが置いてあるもんで見に来ちゃったってカンジかな」
話し相手への賛辞の言葉、それに加えてこれがもしスマートフォンでのやり取りであれば語尾に★でも着けて軽快軽薄、裏を返せばつるみやすい印象を与え、会話に彩りを持たせる。
完全無敵の軟派の技法。いずれ書にしたためて出版すればベストセラー間違いなしにつき、皆も模倣されたし。
『・・・・・・あ、もしもし、警察のヒトですか』
「やめなさい! い、いやっ、やめて下さいお願いします」
マグナ50、1990年代にアメリカンバイク人気に託けて発売されたマグナシリーズの末妹。原付なので50cc未満である。要すればアメリカンバイクの気分を手軽に味わえるバイクになっている。
尚、2007年施行の『排ガス規制』によって生産・新車販売は終了しているが、結構な数が中古市場に出回っており、手に入れること自体そんなに難しいバイクではない。ただし、今となっては貴重なミッション付き4ストロークの原動機付自転車(俗に4miniとも)、値段は通常のスクーターなどに比べると2倍以上することも珍しくはなかった。
駐輪場で出逢ったマグナ50は全体的にシルバーの塗装が施されたモデルであったが年式はいまいち良くわからなかった。しかし、折角出逢ったのだ。この機会に彼女をもっとよく知りたい。
「もう少しキミをよく見てもいいかな」
『い、イイけど、別に』
少し身をよじるように本体でもある車体から離れる少女。大分警戒されてしまったようだった。
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