ロッティと冬休み3
ガソリンを満タンにし、劣化を防ぐためバッテリーを取り外し(今の時代必要があるのかわからないが)、ついにロッティ(SR400)は冬眠に入ったのであった。それから1週間程が経ったある日、年末の職務に忙殺される中、久々に彼女の顔を見に倉庫へと足を運んだ。
「へぃ、ロッティ、起きろー・・・・・・愛しのオーナー様がエンジンかけに来てやったぜ?」
軽口を叩きながらロッティの眠る小屋へと入ってみるのだが・・・・・・
『・・・・・・』
彼女は寝ていた。見事なまでの熟睡である。しかも、一体どこから調達したのか、頭まですっぽりと毛布に包まり、さながらお地蔵さんのようである。
「なんだよ、めっちゃ寝てんじゃん」
あれだけ文句を言っていたくせに、と内心悪態をついてみせるが、こんなにもぐっすりと眠っている姿を見れば、ちゃんと掃除した甲斐があったと言うものだ。
エンジンでも蹴り掛けてやれば起きるだろうか? そう思って早速車体のシートを取り払い、眠る彼女を横目に車体へと跨りキック始動を試みた。
1発、2発、3発・・・・・・4回、5回・・・・・・
「はぁ、はぁ・・・・・・あれー、おかしいな」
何回やってもうんともすんとも言わない。ちょっと寝かせておいたつもりが永眠だなんて洒落にならない。
「くっそ・・・・・・起きろ、この寝坊助ロッティッ‼‼」
渾身のキックをお見舞いしてやった。しかしながら、彼女に目を覚ます気配は見られない。
一度バイクから降りて息を整える。SRのキック始動と言うやつはなかなかに重労働で、日頃まともな運動をしていない俺にとってはアスリートの1000m全力疾走にも相当した筈である。
「何だ? 何がマズいんだ?」
不安と焦りを孕んだ疑問符は冷えた倉庫の中に小さく溶けた。最後に彼女に触った際に何をした? 自分の行った作業を遡り、何か不味いことをしていないか確認していく。
ガソリンを満タンにして、倉庫を大掃除し、バッテリーを・・・・・・
「・・・・・・あっ」
気が付いた。バッテリーを外していたのだ。キャブレター式のSR400であればバッテリーレスでもキック始動が可能であったが、彼女はインジェクション車、ガソリンの供給は全てコンピューターで制御されているため、まずバッテリーでポンプへ電力を供給してやらなければエンジンは掛からないのだった。
外したバッテリーを元に戻し、改めてエンジン始動を試みた。
Brrrrrrrrrrrrrrrrrrn!!!‼‼‼
掛かった。普通に掛かった。いとも簡単に。今までの分をノーカウントにすればキック一発での始動に成功したのだ。
キック一発唯一無二い・・・・・・
渇いた単気筒のサウンドが古びた小屋の中に木霊し、空気を振動させ、室内の温度を僅かに上げた。
そして車体の脇で眠りこけていたロッティも目を覚ましたのである。
『ふぁぁ・・・・・・あら? ご機嫌よう・・・・・・春はもう来たのかしら?』
冬眠している動物たちって、こんな感じなんだろうな、と笑いそうになってしまった。
「いや、まだだよ」
『そうなの・・・・・・にしても変な夢を見たわ。貴方に下手なキックを何度も打ち込まれるの・・・・・・全然痛くはないのだけど段々イライラしてきて、蹴り返してやろうかしら、なんてね・・・・・・』
ロッティは凝り固まってでもいるかのように肩をぎこちなく回して慣した。
「へ、へぇ・・・・・・きっと寝起きだからじゃ無いかな?」
ヒヤリとしたのは室内が寒かったからだけでは無い筈だ。
『ふぅん・・・・・・まぁ良いわ、春一番の大雨が降って、除雪剤が全て洗い流されて、桜が満開になって、タラの芽がべ頃になったら起こして頂戴』
春の精霊か何かかお前は? というツッコミはすでに彼女には聞こえていなかった。再び眠りに落ちたのである。
静かになった室内で、彼女にカバーを掛けてやり、電気を消して外に出る。錆びた南京錠に鍵を掛けて振り向けば、辺りは真っ白な雪が一面に積もっていて、街灯の明かりを受けて蒼白く、さながら白銀の世界が広がっていた。
吐き出す吐息を凍らせて、スマートフォンを確認してみた。
「・・・・・・メリークリスマス、ロッティ」
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