ロッティと冬休み1
2016年、冬。師走の中頃を過ぎたある日、ついにその年初めての降雪を確認した。いや年の始めの1月2月3月としっかり降っているのだが、年度的には初雪なのである。
ロッティ(SR400)がウチにやってきてから初めての雪でもあった。
『ついに来たわね』
安っぽい波型スレートに守られた軒先から鉛色の上空の睨み、仇敵でも待ち構えるかのような険しい表情で腕組みをするロッティ。
「よし、行くか・・・・・・」
はらりはらりと舞い踊る雪の存在を確認し、出かける準備を始めた。上着にヘルメット、それにグローブ。つまり今から彼女に乗って外出するということだ。
『行くって、貴方・・・・・・こんな日に何処へ行こうと言うのかしら?』
上空へと向けられていた鋭い眼差しがこちらへと向けられる。その視線には『こんな日和にツーリングだなんて頭は大丈夫?』という罵倒に似た疑問から『あぁ、そう言えば貴方、大丈夫じゃなかったわね』という諦めまでが含まれているかに思えた。
「会社だよ」
『会社って、貴方、今日は土曜日じゃない』
眼差しが孕む攻撃性は幾ばくか収まり『いつから企業奴隷になったの? 大丈夫? 頭打ってない?』というような憐れみのニュアンスを含むように変質していた。
「ち、違うッ! そうじゃない・・・・・・」
そう、それは先日のことである。他部署の先輩が態々俺の所へとやってきた。髭面で強面、普段であれば絶対に話さないような人物でもあった。名をヒメノ先輩というらしい。
「おう、お前バイク乗ってるんだってな?」
「え、えぇ、まぁ」
厳ついガタイと険しい表情、加えて、昭和の泥棒を彷彿とさせる口の周りの髭が相まって、一歩近寄られるだけでこちらは一歩後ろに引いてしまう。何か不味いミスでもしてしまったのか、あるいはロッティが粗相でもしてしまったのではないかと思い至り、俺は即座に逃亡・・・・・・ではなく謝罪の準備を始めた・・・・・・のだが、
「俺も昔デカいの乗ってたんだよ」
そう述べられた瞬間に先輩の物腰が一気に柔らかくなったように思えた。同じバイク乗りだったのだ。ヒゲノ先輩、もといヒメノ先輩はゼファー1100に乗っていたそうだ。
「冬、どうすんだ?」
「家でカバーをかけておく感じですかね?」
寝袋のように頭からバイクカバーを被るロッティを想像すると、それだけで笑ってしまいそうになった。
「・・・・・・もし良かったら離れにある小屋、好きに使って良いぞ」
それはかつて会社にて倉庫として使われていたらしい12畳程の小屋であり、先輩も自身のバイクの冬眠や、ピット代わりに使用していたそうだ。
「中にある工具は好きに使ってくれや」
そう言ってヒゲノ先輩は倉庫の鍵を手渡してくれた。
「あ、ありがとうございます!」
言うことを言って、渡すものを渡してさっさと行ってしまう無骨で優しい先輩の大きな背中に、遅れながらも何とか感謝の言葉をぶつけることが出来た。
『へぇ、そんなことがあったのね』
会社への道すがら、その事情をロッティに説明する。ひとしきり話を聞き終えた彼女は、『それなら』と口を尖らせた。
『もっと早く、その小屋に引っ越ししても良かったのでは無いかしら?』
ごもっともな意見である。場所が決まっているなら雪がちらつく前で良い。
けれども、
「ギリギリまで一緒に居たかった、って言ったら?」
そう言えば、ロッティは押し黙ってしまう。俺もそれ以上は何も言わず、しばしの間無言の時間が流れた。
やがて、
『そういうの、走行中に言わないで頂戴・・・・・・』
そんな言葉が、何処へでもなく投げられる小石のようにポツリと呟かれた。
タコメーターの値が一瞬だけパンッと跳ね上がったような気がした。
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