ロッティとハイオク
2016年、冬。仙台の街は東北地方に位置する割には思ったより降雪が少ない街だ。そもそもそこまで寒くない。その代わりとでも言うように梅雨が異様に長く、夏季にはそこまで気温が上がらない。
仙台名産の『ひとめぼれ』が新潟『コシヒカリ』や『秋田こまち』に比べ今ひとつ抜け切れない理由のひとつがそこらへんにあるように思われた。
そんな仙台であるが師走へと入り、気温が徐々に下がっていけば、バイクに乗るのは上着を着込んでもなお寒さを禁じえない。
朝の通勤時など、会社に到着する頃には手指の感覚が完全に失われていた。ジェットヘルのゴーグルを取り払い、代わりにバイザーが着けられる。それでもまだ寒い。
『いよいよ厳しいんじゃないかしら?』
ごもっとも。ロッティ(SR400)の吐き出す吐息も白くくっきりとしていた。乾いた寒風が身を竦ませる。
「そうだね。そろそろロッティも冬眠の季節だよね」
雪が降れば、道路に除雪剤が撒かれ始める。そうなるともう乗るのはお勧め出来ない。バイクの塗装やアルミのエンジンは酸性・アルカリ性どちらにも弱く、すぐに剥離や腐食を招いてしまう。
彼女なら間違いなくこう言うだろう。
『除雪剤の撒かれた路面なんて嫌よ、絶対』
今季、彼女に乗れるのも残りわずかとなっている。冬眠の前には支度が必要だ。まずガソリンを満タンにしておかなければならない。それはガソリンの酸化やタンク内の錆を防止するためであり、それ以外にも『フューエルワン』などの洗浄系燃料添加剤も効果的と云われていた。
俺たちは寒空の下、最寄りのガソリンスタンドへと給油に向かう。そこでふと見かける看板に並んだ3つの単語・・・・・・『レギュラー』『ハイオク』『軽油』そして隣にはそれぞれ1ℓ毎の値段が書かれている。
レギュラーは言わずもがな普段入れているガソリン。ロッティを始め、クルマ・バイクを問わず命の水である。
軽油は・・・・・・一体何に使うのか分からない。
問題はハイオクであった。いつの時代もレギュラーより10〜20円ほど高く設定されているのだけは知っていた。
折角なので『味わっている本人』に聞いてみることにした。
「ねぇロッティ、レギュラーとハイオクの違いって知ってる?」『そうね』とロッティはしばし悩む素振りを見せ、
「・・・・・・味ね』
そのように答えた。
『レギュラーが発泡酒だとしたら、ハイオクはちゃんとした麦酒って感じかしら? 喉越しというかキレというか・・・・・・』
「・・・・・・え?」
何その例え。思わず「お前は呑んだ暮れかな?」 とツッコみたくなる例えである。彼女はなおも思案を続けた。
『いえ・・・・・・ウォッカとスピリタス・・・・・・バーボンとアイラモルト・・・・・・どれもしっくりこないわね』
やはりただの呑んだ暮れであった。全くと言っていいほど参考にならない。
気になったので家に帰ってから自分で調べてみたのだが、どうもノッキングのしにくさを示す[オクタン価]が高い・・・・・・つまりハイ(高い)オクタン価でハイオクと言うらしい。
そして、ハイオクを入れたからといって必ずしもパフォーマンスが上がるかというとそうでもないようだ。レギュラー万歳である。
『わかったわ! シャンパンとスパークリングワインの違い・・・・・・これよ!』
まだやっていた。
「いや、それ中身同じだから」
『違うわよ! ・・・・・・主に格とか』
「・・・・・・」
以後、ロッティの前でハイオクの話はしないことにした。
※ノッキング
意図しないタイミングでガソリンが爆発してしまう現象
※シャンパンとスパークリングワインの違い
シャンパンはシャンパーニュ地方で造られ、かつフランスの法律により定められた製法に沿って造られたスパークリングワインに付けられる名称。つまり中身は同じ
※軽油
主にディーゼル車に用いられる燃料。パワーや燃焼効率が良く、バスやトラックなどに使用される
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