ロッティと半年点検2

 YAMAHAが産んだ最凶・・・・・・ではなく最高にクラシックでモダンな超絶美少女二輪車、ロッティ(SR400)の恫喝、もといおねだりにより、『付き合い始めて半年記念』に何かしらのプレゼントを買ってあげることになってしまった。


 理不尽としか言いようがない。そもそもこういう記念というヤツはキリの良い1年とかにするものなのではないのだろうか?


 家へと戻ると早速、投げたボール取ってくる仔犬が如く、バイク系ファッション雑誌を手にしたロッティが笑顔で歩み寄ってきた。


「そんな雑誌、一体どこから拾って来たんだ?」


『バイク屋よ。この前の点検の時の』


「もとの場所に返してきなさい」


 苦い顔を見せてやる。無論ロッティはそんなことお構いなしと言わんばかりに俺の横にちょこんと座り、雑誌を開いた。


『ねぇねぇ、これなんか良いんじゃないかしら?』


 ルンルン気分とは正にこのことを言うのだろう。少女はウキウキと弾む蛍光色の雰囲気を全身に纏い、雑誌を眺めている。


 自分の所有するバイクにおねだりをされる。これはこれで良い身分と言えるのかしれない。わざと深いため息をついてやり「しょうがないなぁ」と勿体つけて彼女との距離を詰め一緒に雑誌を見てみた。


 彼女が指さしていたのは金色に耀くキャストホイールセット¥130000(税別)


「ちょ、おまっ・・・・・・たけぇよ」


 心臓と財布に悪い。


『えー』


「えーじゃない」


 桁が違いすぎる。幾ら何でもこれは無理だった。このオートバイ、遠慮というものを知らないから困る。


『・・・・・・もう、馬鹿ね、冗談よ』


 ロッティはバツが悪そうに細めた目の瞳を泳がせた。


「本当に?」


『くどいわね・・・・・・』


 これ以上ロッティだけにページの主導権を握らせるのは危険だった。手を出してパラパラとページをめくってやると、そこはちょうどミラーのコーナーになっていた。


・・・・・・ポッシュのミラー、左右セットで約10000円だった。


「ロッティ、これは?」


 実を言えば、かねてよりカフェレーサーのカスタムに興味があった。SR400をカスタムする際、最もポピュラーなカスタマイズと言っても過言では無く、多くのSR乗りたちがこのカスタムを愛車に施していのを見掛けていた。


 ポッシュのミラーは純正のものよりもアームが短く、ミラー自体もかなり小さくまとまっているものだったが、恐らくはセパレートハンドルを見越してのものであると思われた。


『う〜ん、そうね・・・・・・確かに格好良いわ・・・・・・でも一度お店に見に行って実物を見てから決めた方が良いわね』


 感触は微妙であったものの、左右セットで約10000円。冬のボーナス(雀の涙程度)があればなんとか購入可能な額であった。


 ・・・・・・ん? ふと何か、不穏なものが脳裏を過ぎる。


「・・・・・・ロッティ。これって半年記念だよね?」


『えぇ、そうだけれど・・・・・・』


 例によって例の如く、何かとても大切なことを忘れている気がした。


「半年記念・・・・・・半年・・・・・・・・・・・・点検・・・・・・半年点検ッ‼︎」


 先週の中頃、ロッティを購入した代理店からまたしてもハガキが届いていたのを今更ながら思い出した。初回点検の時と同じ流れである。


『もう・・・・・・しっかりして頂戴な、オーナーさん』


「ごめんごめん・・・・・・」


 すっかり忘れていた。頭を掻いてはにかみ、気恥ずかしさを紛らわしてやった。


 そして週末、ミラーを見に行く前に点検を予約したのであった・・・・・・が、


「いやーお待たせして申し訳ございません!  点検終了ですー・・・・・・ブレーキのパットがだいぶ減ってたので変えちゃいました・・・・・・本日のお会計が1万と五千円になりますー」


 展示会で世話になったアダチさん。今日も気分爽快笑顔満天の接客で・・・・・・って


「イチマンゴセンエン・・・・・・だとッ⁉︎」


「はい!」


 アダチさんはにっこりと歯を見せて笑った。殴りたい、この笑顔。


 手渡された内訳を見てみれば点検費が約9000円、フロントブレーキのパットが約5000円、合わせて税込15000円と言うことだった。


 そしてレシートを眺めながら愕然とする俺の元に点検を終えたロッティが戻ってきた。


『はぁ・・・・・・うんうんいい感じ! ・・・・・・ブレーキ周り、ちょっと変な感じがしていたのよね・・・・・・』


 マッサージの施術でも受けてきたかのように艶っぽい声を出して、各部をほぐすように可動を確認するロッティである。


「ロッティ・・・・・・」


『?』


「半年記念のプレゼント・・・・・・あの話は、無しだ!」


『なんで⁉︎』


 オートバイという生き物はいかんせん維持費というやつがかさんでしまう。俺たちは互いにガックリと肩を落として家へと帰るのであった。

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