ロッティと福島遠征4

 覚えておくと良い。仙台を出発し、太平洋側、つまり福島・二本松方面から会津若松へ入る道路は主に3本存在する。


 ひとつは『磐越自動車道』、これは有料高速道路だ。この道は1番初めに走行予定ルートから除外した。


 出来ればお金をかけたくなかったし、何より高速道路の走行に自信がなかった。


 もうひとつはJR磐越西線に沿って猪苗代湖を左手に眺めながらゆったり流れる『国道49号線』。これが最も平坦で安全なルートでもあった。


 そして最後に標高1728m―――安達太良山の険しい頂が行く手を阻む『磐梯吾妻スカイライン』。険しいながらも絶景の景色を約束してくれる峠道である―――


―――晴れてさえいれば、の話だが。


 日本地図を見ればすぐに分かるだろうが、仙台から福島へと南下して会津へと向かう際、1番最初に現れるのがこの磐梯吾妻スカイラインになる。


 自身のライディングスキルを考慮すれば磐梯吾妻スカイラインは回避して、国号49号線まで南下してから右に折れるのが妥当と言えた。


 しかし、唐突に出現した青看板に写る『会津若松』の文字に意識を引っ張られ、要すれば青看板に騙されるかたちで磐梯吾妻スカイラインへと入ってしまったのであった。全面的に青看板が悪い。


『―――ねぇ、勾配が大きくなってきたけれど、大丈夫?』


「わかんない、道を間違えたかもしれない」


 晴れてさえいれば、まだどうにかこうにか走れたかもしれない。しかし、峠の天気は非常に気まぐれで、あっという間に豹変してしまうものなのである。


『コーナーがキツいわ、峠道に入っていしまっているかも⋯⋯』


「何処かで引き返したほうが良いかな?」


 そこがよもや磐梯吾妻スカイラインであるとは知らずに走る俺たちの前方上空にに大きな鉛色の塊が迫っていた。


「あの黒いのって⋯⋯雲だよね?」


『イヤな予感しかしないわ⋯⋯』


 鉛色の塊は生物のように蠢きながら次第に大きくなっていき、やがてこちらに向かってくる。山が飲み込まれ、木々が飲み込まれ、目前の道路が飲み込まれた時、ようやくその正体を知ることになった。


「うわっ⋯⋯あっ、雨だっ!」


『きゃあぁっ⋯⋯あぁっ、もうっ、最悪!』


 黒い物体の正体は雨雲であった。それまで何とか堪えていた曇天は手のつけられない赤子のように泣き出し、大きな雨粒で木々を地面を殴りつける。バサバサバサと、それこそ鳥の一群が体当たりでもするかのような激しい音とともに。そして俺とロッティも漏れなく雨粒の弾丸を撃ち付けた。


 泣きたくなった。


『―――引き返しましょう! この路面では貴方、転んでしまうわ!』


 ロッティはすでにびしょ濡れになっていたものの、決して腐ることなく、冷静に撤退を具申してくれた。しかし、こちらはそれどころではなかった。


「む、無理いぃぃっ!」


 必死だったのだ。


 登坂車線のあるところではまだゆっくり走っても問題なかったのだが、道が狭くなる一車線の道では、嫌でも後続に大名行列を作ってしまった。焦燥感が『止まるんじゃねぇぞ』と駆り立ててくる。


 雨で濡れてしまったグローブで、スロットルを握る手の感覚がぎこちなくなる。加えて峠道が本格的にうねり始め、嫌でも左右に大きく曲がらなければならくなった。極めつけは雨によってぬらぬらとした路面だ。隙あらばこちらを転倒させようと、その表面を輝かせている。


「駄目だ! ブレーキなんて踏んだら転びそうで怖くてUターンなんて出来ないよっ」


 情けないこととは思うが、降り頻る雨がお構いなしに全身を襲い、視界は勿論のこと、思考すらも鈍らされ、正常な判断が出来ていなかった。


 ロッティを濡らしてしまった罪悪感もあったが、この時点では転ばないように走ることで精一杯だったのだ。


 正に悪魔の雨である。


―――そして、


「着いた⋯⋯」


『着いたわね⋯⋯』


「生きてる?」


『いいえ、死んでるわ』


「そっか⋯⋯ならよかった」


 全身ズブ濡れになりながらも、なんとか五体満足のまま会津若松の街にたどり着くことが出来た俺たちであったが、2人とも呆然自失の状態で立ち尽くしたまま空を見上げていた。皮肉なことに、会津に入ってみれば、その上空は狐狸にでも化かされたかのように蒼々とした晴天が広がっていたのだ。


「どうしてこうなった⋯⋯」


『普段の行いね⋯⋯貴方の』


「んな殺生な⋯⋯」


 後で知ったことだが、会津は盆地になっており、他の地域とは違う天候になることが多いそうであった。


 ひょっとしたら、国道49号線を通っていれば、雨に当たらずに済んだかもしれない⋯⋯そんなもしもを考えてもみたが、生きて安達太良山から脱出出来ただけでも御の字と言えた。


 そして、残念ながらここまでズブ濡れてしまっては目当ての店を回ることもままならない。


「⋯⋯帰るか」


 上着を絞れば、バシャバシャと乾いた地面に水滴を滝のように落としていた。


『そうね⋯⋯帰りましょう』


 ロッティもスカートを絞りながら、最早怒る気力すら湧かないようで、『帰りは道、間違わないでよね?』と釘を差すだけで、以降の帰路の間はずっとだんまりを決め込んでしまったのであった。


 このようにして、小学生時代に失われた青春はまたしてもお預けとなり、鶴ヶ城は落城を間逃れたのである。


 めでたしめでたし。

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