ロッティとすり抜け1
2016年、梅雨。週末、珍しく天気が良いのか、カーテンを突き抜けてほんのりと温かい陽が差し込んで来た。
(絶好のバイク日和になりそうだ)
その予感は見事に的中し、早朝にも関わらず、これまでの憂さを晴らすかのようにそこかしこから単車の炸裂にも似た排気音が聞こえて来た。
もう一眠りしてからロッティ(SR400)と出かけよう。そう思い布団を頭から被る。
しかし、
コンコンコンコン
薄い窓ガラスを割らないか心配になるようなノックの音で俺の惰眠は完全に中断されてしまった。
「玄関にチャイムがあると言うのに態々横手から攻めてくるとは・・・・・・さては貴様、田舎のおばちゃんだな?」
布団から起き上がり、バサリとカーテンを開け放てば、それまで遮られていた陽光が一気に流れ込んできて目が眩んでしまう。
「うぅ、眩しい・・・・・・」
目を細めて応戦していると、やがて白んだ視界が徐々に色を取り戻していく。
「ロッティ!」
なんと窓を叩いていたのはロッティであった。先日の展示会で電撃的に購入してしまったSR400。そしてその現し身とも言える美少女ロッティ。彼女は腰に手を当て不満げな表情でこちらを睨んでいた。
「どうしたの?」
『どうしたもこうしたも無いわよ。貴方、今が何時だと思っているのかしら?』
何時って、あなた。
「まだ朝の7時ですが・・・・・・」
『早く支度なさい。こんな良い天気の日に、バイクに乗らないだなんて有罪よ?』
彼女が言葉は『貴重な晴れの日を無駄にはするな』と言う意味である。それは確かにその通りではあるのだが。
「もう少し寝てからじゃ駄目?」
『・・・・・・駄目に決まっているじゃない。早く支度なさい』
頑として二度寝は許されず、俺は抵抗を諦めて身支度を整えるのであった。
「お待たせ」
『あら、早いわね・・・・・・』
まぁ特に誰に会うわけでも無いので顔を洗って歯を磨いて、服を着替えただけの身支度であった。10分も掛からなかったのではないだろうか。
「さてと・・・・・・」
俺は早速ロッティに跨ってせっせとキックペダルを踏み込み、キックインジケーターを確認しながら彼女に話しかけた。
「にしてもどうしてこんな朝早くに?」
別に昼からでも十二分に走ることは出来る。
『さっきも言ったけれど、こんな日に走らないなんて罪よ?』
「それは解ってるけど・・・・・・」
『それに』とロッティは付け加えた。
『折角買ってくれたというのに殆ど乗ってくれていないじゃない。貴方・・・・・・雨だったのは分かるけれど、沢山乗って早く感覚を掴んで貰わないと困るわ』
驚いた。
驚いたと同時にエンジンが掛かった。3回目のトライであった。
雨で走れない間、確かに俺は残念に思っていた。しかし彼女もまた『走りたい』と感じていたのだ。正確には『自分に乗って走って欲しい』だろうが。
そりゃそうだろう、と自分自身に言う。
すべてのオートバイはライダーに乗って貰うために造られている。走ることが嫌いなバイクなんてこの世には存在しない。
『早く走りたい』、そう彼女も思ってくれていたのなら、俺はさっきまでの考えを改めなければならない。
こんな日に、早朝から走らないなんて罪だ。
エンジンが鼓動を始めれば、先程まで視界の片隅にいた筈の見るも美しい少女は消えてしまい。その声はマシーンから聞こえてくるのであった。
『・・・・・・さっきから何をニヤニヤ笑っているの?』
「笑ってないよ!」
エンジンが徐々に温まってくる今、彼女の顔も赤くなっているのではないだろうか?
「よっしゃ! レッツゴー!」
『おー! ・・・・・・って恥ずかしいわね』
スロットルを開放し、俺たちは何処へ行くでもなく飛び出すのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます