ロッティと雨の日
2016年、梅雨。教習所で血の滲むような努力・友情・勝利の上見事教習を修め、展示会にて出逢ったロッティ(SR400)を電撃的に購入。我が家に迎え正にここより血湧き肉躍るような大冒険に胸を躍らせるバイクライフが訪れるものとばかり思っていた。
しかし先にも述べたが季節はすで梅雨に差し掛かっており。天候の不安定な日が続いた。
仙台の梅雨は毎年異様に早く訪れる。ゴールデンウィークには雨マークが天気予報を席巻し、折角の大型連休を排水口へと流してしまう。しかも、礼儀を弁えない客人のようにふてぶてしく、8月の中頃まで居座る年も珍しくない。
ロッティを連れて色々なところを走って回りたいと思っていた俺の野望も連休と共に流されてしまったのだった。
雨が降ってはどうしようもないと時間を潰す為、読書に耽る俺はふと軒先に立つ愛車、ロッティに話しかけてみた。
「走りたい?」
『雨の日の走行なんて嫌よ? 絶対』
即答である。
「絶対?」
『絶対』
涼しい顔でありながら、念を押すように彼女は語気を強めた。もちろん俺だって雨天走行はしたくない。特にツヤツヤと濡れた路面が嫌だった。あの上を、例えゴム製とはいえタイヤがちゃんとグリップするとは思えない。
築年数が相当の一軒家、その軒先に伸びる安っぽい波型スレートに守られてロッティは恨めしそうに雨粒の落ちてくる灰色の空を眺めていた。
庭先(と呼べるような立派なものではない)に家主の許可なく生えていた紫陽花の花は滴る雨粒を受けて艶やかであるのに対して、不満げなロッティの横顔。外に連れ出してあげられないのは残念だったが、これはこれで絵になるような気がした。
「・・・・・・」
読んでいた本に栞を挟み閉じやる。車体の脇に佇む彼女をもう少し眺めていたいと思った。
『何?』
見られていることに気がつけば少女はバツの悪そうな面持ちでこちらに向き直った。この梅雨のようにたっぷりと湿度を孕んだ眼差しだ。
「そ、そう言えばレーサーレプリカだったり、大きめのスクーターや原付は雨の日でも結構走ってるよね」
とっさに出る話題も雨の話であった。ちなみに、あの光景を俺は『自殺行為』と呼んで恐れていた。
『・・・・・・私はエンジン回りが剥き出しになっているし、クロームメッキの塗装が多いから余計だけれど、そうじゃなくても雨の日に外を走るのは余り良いことではないわね』
「ふーん」
『・・・・・・絶対に嫌よ?』
そう言ったロッティの足元に地面を穿つ雨の雫が跳ねる。もう少し車体を窓側に寄せてあげた方が良さそうだった。
「わ、分かってるよ・・・・・・それに俺も雨の日の走行には自信無いしね」
自重気味にそう言ってやるとロッティは『なら良かった』と満足げに視線を上空に戻した。
そしてまた少しもしないうちにまた不機嫌そうな表情へと戻ってしまう。
『・・・・・・えっと・・・・・・そうね。エンジンを掛ける練習くらいだったらしても良いのよ?』
ご覧頂けただろうか。これが日本のYAMAHAが誇るSR400の珍しいツンデレシーンである。
『何か言った?』
「いえ、何も・・・・・・謹んで練習させて頂きます」
『そう、じゃあ頑張ってね』
『キック一発、唯一無二』、かつてSR400の広告にそんなキャッチコピーがあったそうだ。互いにとってそうあれるよう早速エンジン始動の練習に勤しむのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます