オーナーとロッティ3

 カワサキブースを後にして、HONDA・SUZUKIのブースを通り過ぎ、YAMAHAのブースへと辿り着いた。


「いやー、お兄さんだったらきっと中型バイクでもすぐに満足できなくなっちゃうかもなぁ・・・・・・大型取る気は無いの?」


「今のところは」


「そっかぁ」


 他愛の無い話をしているとやがて1台のバイクの前で担当の男が立ち止まり、くるりとこちらに向き直った。


「・・・・・・中型免許で乗れる現行車クラシックバイクの中で最も大きく、最もモダンでありながら最もクラシカルな娘・・・・・・紹介しよう、SR400だっ!」


 えらく勿体つけて紹介してきたのは、確かにエリシア(エストレヤ250)と同じくクラシカルな印象を与える娘だった。


 400ccと聞くと250ccと比べて取り回しの悪さやガタイの大きさがイメージとして先行してしまうが、SR400なる彼女とその車体はずいぶんと華奢で小振りな身体つきに見えた。オーソドックスな250ccクラスの他の娘と比べてもかなり小さい。


 すらりと伸びるフロントフォークやリアショックからホイール、タイヤに至るまでか細い足回りで、正面からのシルエットは不安を覚えるくらいに細く痩せている。


 燃料タンクも、かなり細く小さい。しっかりとニーグリップ出来るのか些か不安を感じてしまう。


 そして車体の脇に佇む少女。彼女が『SR400』というバイクをこの世界に顕現する擬人化なのだろうが、ガソリンタンクをモチーフにしたショートジャケットは鎖骨を機にストンとほぼ垂直に落ちている。つまり、女性であればあったほうが嬉しいものが無かったのだ。貧乳……ではなく凹凸の少ないスレンダーなボディ、モデル体型とも言える。


 スカートにあしらわれた左右のスリットからはリアショックのデザインが施され、裾から少しだけ見える白いフリルがクロームメッキのように輝いて見える。細く長い脚には黒と銀のストライプ……


 舐めるような視線に不快感を覚えたのか、彼女、SR400はムッと湿度を妊んだ面持ちでこちらを睨んだ。


「ご、ゴメン。SR400だよね・・・・・・そうだな・・・・・・君をシャルロットと呼んでも良いかい?」


 Sがシャール、Rがロットでシャルロット。我ながら美しいネーミングセンスだ(※SRの語源はSingle Road Sports)。


『貴方、お馬鹿さんね・・・・・・Charlotteでは頭文字がCLになってしまうわ』


 静かな声で彼女は返してきた。ちなみにCLというバイクは実在するらしい。


「だったら、愛称はロッティだね」


『私の話聞いてた?』


 どうも彼女は少し気難しいところがあるようだ。訝しむような表情を崩さない。


「ロッティ、もう少し君の全身を見せて貰っても良いかな?」


『・・・・・・構わないわ。お好きにどうぞ』


 愛称が気に入らなかったのか少し拗ねてしまったようだ。ロッティはそっぽを向いてしまった。


「さっきから思っていたけどロッティは全体的に華奢だよね。400ccなのにエンジンもかなりこじんまりとしているし」


 あとタンク(胸部)も小さい。いや、最早皆無と言っても良いかもしれない。


『・・・・・・二気筒や四気筒の娘たちと比べないで貰って良いかしら?』


「二気筒? 四気筒?」


『知らないの? ふふん、まぁいいわ。教えてあげる。簡単に言ってしまえば~気筒って言うのはエンジンにあるピストンの本数のことよ』


「へぇ・・・・・・よくわからないけど、ロッティは何気筒なの?」


『私・・・・・・つまりSR400は単気筒ね。きっと教習所で乗ったでしょうけどCB400SuperFour、スーフォアね・・・・・・あの娘は四気筒よ?』


「どういう違いがあるの?」


『そうね・・・・・・乗り味かしら。単気筒はシリンダーが大きくエンジンの鼓動を強く感じれてドコドコ感があるって言われるわね。二気筒や四気筒は単気筒に比べるとマイルドな乗り味になるそうよ』


 なるほど、単気筒は感情的でドコドコ、二気筒は穏やかな性格という訳だ。


『それ以外にも重さやメンテナンスコストも違ってくるわね・・・・・・単気筒はシンプルで軽い、そしてコストもあまり掛からないわ。逆にシリンダーの数が増えれば単純にプラグの数も増えるし構造も複雑で重くなっていくの』


「へぇ・・・・・・」


『あれなんて分かりやすいわね』とロッティは近くにいたSRV250を指さした。エンジンの上のシリンダーヘッドがVの字に2本突き出しており、フレーム内にがっしりとした存在感をもたらしている。『あの娘が二気筒よ』


「なるほど、だからSRVなんだね」


 彼女との会話はとっても勉強になった。


『私みたいに400ccで単気筒というのは今ではかなり珍しいのよ? ビックシングルの心地良い鼓動感が好きでこよなく乗り続けてくれているオーナーも少なくないんじゃないかしら』


 ロッティは誇るように無い胸を張ってみせた。ビックシングル・・・・・・俺は少しだけ彼女に興味が出てきた。


「彼女に触ってみても良いですか?」


「ん? あぁ、どうぞどうぞ」


 すっかり蚊帳の外に置いてしまっていた担当に許可を取り、彼女のエンジンに触れてみた。


『ひッ⁉︎』


「ゴメン、びっくりした?」


どうやら、車体とその現し身たる彼女の感覚はリンクしているようだった。


「・・・・・・ってあれ、君セルが無いけど」


 エンジンを起動するためのセルスイッチ。通常は右ハンドルのスロットル付近に付いていることが多いのだが、彼女にはそれが無かった。


『そ、そう・・・・・・そうなのよ! 私・・・・・・SR400のもうひとつの醍醐味、それはキックスタートよッ!』


え、キック?


「蹴るの? 君を?」


『そうなるわね。むしろそうしないとエンジンが掛からないわ』


「え・・・・・・何それ面倒くさい」


『貴方、バイクなんて不便な乗り物に乗ろうとしておきながら面倒くさいなんてよく言えるわね』


 自分で不便とか言っちゃったよ、この娘。俺は担当に再度確認してみた。


「エンジンって掛けてみても良いですか?」


「うーん・・・・・・まぁいっか」


 自分で勧めたと言うのもあったのだろう。少し悩んだが担当はこの頼みを快諾してくれた。


 念の為会場の外に出されたロッティと俺は改めて対峙する。


「よしっ」


 気合を入れ、ロッティのバーハンドルを強く握って跨ってみた。すらりとしていてオフロードバイクのように背の高い印象をを受けたが、センタースタンドを外せば、自重によりフロントフォークが沈み込み、、身長180cm(四捨五入)の俺の両足はベッタリを地面を捉えていた。


「足付きは良好、と・・・・・・で、どうすれば良いの?」


『先ずシフトレバー下のデコンプレバーを握って、右側に付いているキックペダルを踏むの・・・・・・そう、上手。 エンジン右脇に見える小さなマドから回っている金属が見えるかしら?』


 ロッティの指示通りデコンプレバーを握ったまま何度かキックペダルを踏み込んでみた。それに合わせてシリンダーヘッド上部で回転する金属はマドの正面で止まった。


「・・・・・・あ、見えた見えた」


『そしたらデコンプレバーを離して、そして一気にキックペダルを踏み抜いて!』


「よし来たッ!」


 俺は思い切りキックペダルを踏んだ。


『ちっがーうッ‼︎』


 しかし残念、ロッティのエンジンが掛かることはなく、逆に思い切り蹴り返された。


 キックペダルがモロに脛を直撃する。


「痛った! 痛った! 痛たたたッ! え? メッチャ痛いんですけど⁉︎」


 俺なんか悪いことした?


『あ・・・・・・ごめんなさい、言い忘れていたのだけど、不適切な蹴り込みだったり、ギアが噛み合わなかったりしたら容赦なく蹴り返すようにしているの、私』


 え、


「それ、もう欠陥だよねッ⁉︎」


『・・・・・・そんなことは無いわよ。私が聞いた話では多くのオーナーさんたちはむしろ喜んでくれるって話よ?』


「そんな奴いてたまるか! ウソつくな」


 すべてのSR乗りに謝るべきだ。


『まぁでも気をつけて頂戴ね。私も倒れてしまったら綺麗な外装に傷がついてしまうし・・・・・・オーナーの中には骨折した人もいたらしいから』


「・・・・・・え? ・・・・・・え、え?」


 この蹴り返し現象、ケッチンと呼ばれるそうだが最早凶器と言えた。一旦サイドスタンドを掛けて俺は彼女から少し距離を取り、担当に耳打ちしてみる。


「毎回エンジンを掛けられる自信がない」


「すぐ慣れます」


「足回り細過ぎない?」


「すぐ慣れます」


「400ccだと車検あるよね?」


「すぐ慣れます」


「タンク小さ過ぎない?」


「それが良いんじゃないですか!」


 逆に何が駄目なのか分からない、と言う顔で男はこちらの不安を全否定した。駄目だ。駄目なのはお前だ。会話にならない。この男は何が何でも俺にロッティを売りつける気なのだ。YAMAHAから賄賂を貰っている可能性が高い。


 今一度、ロッティに視線を戻す。


『・・・・・・蹴ってしまってごめんなさい・・・・・・もう一回だけやってみて? それでダメだったら私も諦めるから』


 少しシュンとした表情でロッティは俺に再チャレンジを促した。


「・・・・・・」


 蹴り返された脛はまだズキズキと痛んだが、たったの一回だけで諦めるのは男らしくない。それに、ちょっとしおらしくなった彼女にキュンときてしまった。


「・・・・・・わかった」


 彼女との距離を詰め、ハンドルを握り、再び跨る。サイドスタンドを外し、デコンプレバーを握りながらキックペダルを数回踏み込む。それと同時にエンジン内のギアが回っているのか、メトロノームのような小気味良い音を奏でる。


 消えてしまった金属はシリンダー上部のマドに再び出現し、踏み抜けの合図を出した。


 彼女の手を取り、リズムを刻むように右足でステップを踏む・・・・・・


 何というか彼女に乗るのって、


「お嬢さん、一曲踊りませんか?」


『・・・・・・え?』


 ダンスみたいだ。そう思いながらポツリとつぶやき、一気にペダルを踏み抜いた。


Brrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrn!!‼‼‼


 一発一発の爆発がフレームを通って全身に伝わってくる。マフラーから放たれるオイルの香りが仄かに残る春風と混ざって、『アクセルを開放しろ』と言った気がした。どうやらエンジンの始動に成功したらしい。


「・・・・・・すごい」


 何とも月並みな感想で申し訳ない。


『どう? 格好良いでしょう?』


 ロッティはふふん、と得意げに、そしてご機嫌に鼻を鳴らしてみせた。


『ねぇ貴方、このまま走り出して、何処かへ行ってしまわない?』


 そのように唆された気がした。



 展示会から1週間後のことである。


『ふーん、ここが貴方の家なの・・・・・・狭いわね』


 会社から近い一軒家タイプの借家で、古かったが軒先もあり屋根もかかっているので彼女と暮らすのには申し分ない環境だったが、本人は少々不服のようだ。


「住めば都だよ」


『雨が吹き込んできたらちょっと不安ね』


「シートもちゃんと買うって」


『そう、嬉しいわ・・・・・・あと週に1回は磨いて欲しいわね、それと月に1回はクロームメッキや塗装部にワックスがけをお願いしたいわ・・・・・・もちろんそれぞれ専用のワックスじゃないと嫌よ?』


「ど、努力する」


『あと雨の日は絶対に外に出さないで頂戴ね、足回りが汚くなるのは嫌なの』


「は、はーい」


 あの時、なぜエリシアでなく彼女を選んだのか、今となっては分からない。担当の男に言いくるめられただけなのか。


 奇跡的に掛かってしまたエンジンの勢いそのままに彼女を引き取った。


 想像してたのとはだいぶ違ったけれど、こうしてSR400・・・・・・ロッティとの愉快なバイクライフが始まったのである。


「・・・・・・よろしくね、ロッティ」


『こちらこそ。大切に扱ってよね、オーナーさん』

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