オーナーとロッティ2

 教習を修了した次の週末、バイクの展示会へと参加するため、アズテックミュージアムという施設を訪れていた。


「凄い活気だ」


 自動車などの展示会も催されるという広々とした会場内に、各メーカーのオートバイたちが所狭しと居並んでいた。今日の日に、初めての、あるいは新たなるオーナーを求め、丁寧にコンパウンドやポリッシャー掛けされたボディが照明のLEDを受けるにつけギラギラと眩い。


 そしてその1台1台に寄り添う美女、または美少女。彼女たちはオートバイの化身とも擬人化とも言える存在で、ある出来事をきっかけに俺には彼女たちの姿が見えるようになっていた。


 山登りが好きそうな1台もあれば、走るのが得意そうな1台もある。それは概ね元になるバイクの意匠があしらわれたもののように感じられた。


 しかし何と言うか、そういう夜のお店に来てしまったようだった。中にはレースクイーンのような際どい服装の娘もおり、仮に購入して、一緒に生活する事となれば、目のやり場に困ってしまうだろう。



「良い娘はいました?」


 ぼんやりと場内を歩いていると、気を利かせたように付近のエリアを担当する男性スタッフが近寄ってきた。どことなく夜の街の客引きを思わせるような風情の男で、俺の目にしている光景も相まり、最早黒服にしか見えない。


「お客さん、免許の取りたてホヤホヤでしょう?」


「わかるの!?」


「わかりますよー。臭いで」


 新人バイク乗り特有の臭気でも発していると言うのだろうか。自分の腕の臭いを嗅いでみるが、いまいち良く判らない。


「良ければ良い娘、見繕いますよ?」


 このスタッフの男、雰囲気だけに留まらず、細かい仕草や言動までもが逐一女の子のいるお店の黒服のようであった。


「そ、そうですか? ・・・・・・それじゃあお願いしようかな・・・・・・」


 上目遣いに含み笑い、怪しい臭気を存分に垂れ流す男に連れられて会場を回ることになった。


 一口にバイクといえばHONDA・CBRやカワサキ・Ninja、SUZUKI・KATANAといった『早そうなバイク』というのが一番最初に脳裏を過ぎる。あるいはハーレイダビットソンさんの擁する大型でアメリカ歴とした堂々たる佇まいのバイクたちだろうか。


 しかし俺自身は高速域での走行や大型のバイクにはあまり興味が無く。単純にバイクで走っているという感覚を味わえればそれで良いと思っていた。


 決して怖いとか、上手く捌ける自信がないとかではない・・・・・・決してない。


「ネイキッド系で何か良いのあります?」


 バイクに於ける『ネイキッド』と言うジャンルはカウル(風防)を着けていないオートバイのことで、『裸』『剥き出し』『ありのまま』という意味の英語nakidに由来する。


 男は会場内をぐるりと見渡し、適当なバイクが居ないか思案する素振りを見せ、やがて1台のバイクを提案してきた。


「なるほどね・・・・・・カワサキ・エストレヤなんかどうでしょう?」


「え、カワサキ?」


 カワサキ・・・・・・カワサキモーターズ。特に深い造詣があった訳ではなかったが、カワサキに属するお嬢様方はいずれも精悍な顔つきのイメージしか湧いてこない。『漢カワサキ』なんて言葉もあるくらいで、筋骨隆々でタンクトップを着用してツーリングに向かう男性と肩を並べられるような娘ばかりがいるものと勝手に思い込んでいた。


 果たして俺なんかでつい合いが取れる娘なのだろうか?


「あ〜、あそこ・・・・・・NinjaとかKLXの後ろにいる娘ですよ」


 男はカワサキブースの奥を指差し、そこへ向かって歩き始めた。


 道中、Ninja250・KLX250とすれ違う。その刹那にギラリとした瞳が俺を捉えた。両者ともに競争心や闘争心を煽り立てる挑戦的な輝きを放つ眼差しで、相対するだけでも、ピリッとした緊張感を覚えてしまった。


 かっこいい・・・・・・かっこいいが、やはり俺には敷居が高すぎるのではないだろうか。


「お待たせしました。こちらがカワサキエストレヤ250になります」


「・・・・・・ッ!?」


 驚いた。


 かわいい。


 かわいいのだ。とにかくかわいい。


「・・・・・・初め、まして」


 そんなつまらない言葉くらいしか出せないくらいにかわいい。


『初めまして』


 彼女は恭しく頭を垂れる。落ち着いていて、清楚な外見だ。


「え、え〜と・・・・・・エストレヤってきれいな名前だね」


 とりあえず褒めた。ふとした拍子に口ずさみたくなる、響きがなんとも美しい名前であった。


『ありがとうございます! イタリア語で[星]という意味だそうですよ』


 褒めてもらえたのが嬉しかったのか、それこそ夜空に輝く満天の星々のような笑顔を見せ、そう教えてくれた。


「エストレヤ・・・・・・親しみを込めて君を『エリシア』と呼んでも良いかな?」


 エストレヤの響きをもじってエリシア。いつかオートバイを購入したならば、その1台に自分だけの大切な名前を着けて目一杯可愛がろうと思っていた。


 今その夢の一歩手前にいる。


『? ・・・・・・はい、大丈夫ですよ』


 エリシアはこちらの提案に少々困惑して見せたがその呼び名を気に入ってくれたみたいであった。


 改めて彼女の全身をゆっくりと見回してみる。


 全体的にクラシカルなデザインのバイクだ。ここで出逢ったエリシアはブラックのカラーリングだったが、2016年付近のカラーでは他にクリムゾンレッド、オレンジ、ライトブルー、ホワイト、グレーなど実に多彩なカラーリングが存在していた。


 縦に切られた低彩度なブラウンのシートが引き締まった印象を与えながらも黒が基調のボディに対してしっかりとアクセントをもたらしている。また予めツーリングバッグの積載を意識してか、リアウィンカーはナンバープレートの脇に配置されていた。そしてシャコ短というのだろうか。エスコートにあまり自信のない俺でもそれなりにに捌けそうな低重心で安定感がある全高。塗装もシンプルでありながら高級感がある。純正仕様のマフラーがキャブトンの形をしているのもオシャレだ。


 全体的にけれん味が少なく、実用性もしっかりしていて、ゆったりとしたバイクライフを約束してくれそうな穏やかな娘だと感じた。


 何より漢気溢れるカワサキモーターズに身を置きながら、名前も出で立ちも女性的であり家庭的・・・・・・そんなギャップに心を強くくすぐられた。


 担当の男を手元まで呼び寄せる。この紳士の社交場において、彼女たちに触れるには主催者側の許可が必要なのだ。


「彼女に触っても良いですか?」


「えぇ! どうぞどうぞ」


 男は嬉しそうに述べて、「なんなら跨ってみても大丈夫ですよ」とも言う。


 俺はおそるおそる手を伸ばし、エリシアに触れようとした。


 その時だった。


「・・・・・・ちょっと待ってお兄さん・・・・・・お兄さんの身長って何cm?」


 担当の男の声で今まさにエリシアに触れようとしたその手が止まる。振り返ってみるとこれまでの営業スマイルは消え失せており、男はこちらを値踏みするような眼差しで見据えていた。


「・・・・・・180cmですが」


 嘘だ。実際は179cmだった・・・・・・いや嘘ではない。仮に事件か何かを起こしてしまい、ニュースで報じられることがあれば必ずや『身長180cm、中肉中背の男』と紹介されることだろう。故に嘘ではない。


「ネイキッド、というかクラシカルな娘が好きなの?」


「どうですかね・・・・・・クロームメッキとかピカピカしてるのは好きかもしれないです」


「ふーん、そっかぁ・・・・・・んじゃあちょっとこっちにおいで」


 そう言うなり担当の男は俺の腕を半ば強引に鷲掴み、エリシアから引き離した。そして引っ張りに引っ張って、会場の隅にある喫煙所まで連れ出した。


「ちょ・・・・・・何すんだ、あんたッ!?」


 不満をぶつける俺に構わず男は小さい声で告げた。


「良いかいお兄さん、あんた結構身長高いし、あの娘のカラダじゃすぐに満足出来なくなるよ?」


 そしてシャツの胸ポケットからタバコを取り出し火を着ける。


「え、何その卑猥な言い回し!?」


「結構加速にもたつく娘なんだよ。 どっちかってと女性ライダー向けなバイクだし」


 ようやくこの男の言わんとしていることが解ってきた。身体にマッチしていないバイクだからと言う理由で慰留させようとしているのだ。それにしても言い方ってものがある。


「いや、別に俺は早いバイクに興味は無いっていうか・・・・・・」


「いやぁ、お兄さんのそのカラダじゃあ絶対にすぐに飽きちゃうって」


「言い方がいちいち卑猥! 別に良いんだって、のんびりしたバイクライフが送れれば!」


「最初はみーんなそう言うんだわ」


「はい?」


「俺はさ、いっぱい見てきたよ。免許取りたてでさぁ、一目惚れしてさぁ、上の口ではイイ事言って、次第に我慢できなくなって、買ってすぐに乗り換える奴をさぁ」


「・・・・・・」


 ここで男はこちらにもタバコを勧めてきた。一本頂き、レギュラーであることを知らずに火を着ける。普段メンソールしか吸わなかったため、あまりのキックの強さに咽せてしまった。


「・・・・・・お兄さん、あんたも男だ。どうしてもあの娘が良い、っつーなら俺もこれ以上は言わない・・・・・・でもな、それがただの淡い初恋なら・・・・・・諦めな。中途半端な愛情はあんたもあの娘も不幸にするよ?」


 初対面の、それも客に対してズケズケと男は自身の意見を垂れ流した。しかし、語る男の表情には、過去に何度も同じ過ちを目前にしてきたかのような現実味が感じられた。


「・・・・・・か、仮に、あの娘がダメだって言うなら、一体どの娘なら良いんですか?」


 彼女、エリシアを諦めた訳ではない。決して、諦めたわけではなかったが、ここまで正面きって反対するからにはきっとこの男の脳内では対抗馬が存在する筈だ。


 それを見てからでも遅くは無い。そして、いろんなバイクを見てみて、よく考えてから決めるのは凄く大切なことだ。


「その言葉を待ってました」


 男はニヤリと含み笑いを見せ、吸いかけのタバコを灰皿に捨てやり、再び俺を先導して歩き出した。こちらも慌ててタバコを捨て追随する。


 遠くでこちらを伺うエリシアに対しては「ゴメン、ちょっと行ってくるね」そう目線で伝えた。


 彼女はただただ寂しそうに微笑み、その場所に佇んでいるのであった。


 その後、結果的にエリシアと再び逢うことは無かった。そしてその1年後、2017年。『Final Eddition』をもってカワサキ・エストレヤは生産を終了することになるのであった。

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