理不尽な日を過ごす

一色 サラ

理不尽

 水道の蛇口と、勢いよく水が出る。寝癖がすごい。やつれた顔が、鏡に映る。ちゃんと生きているのだろうか。本川ほんかわ満里みさとは定職につかず、短期バイトで食いつなげる生活を続けていた。ただ、不安はあったが、定職に就くことはできなかった。同じ会社に何カ月も何年も通勤できる自信がなかった。だから就職することが怖くてしかたがなかった。


 また、今日も工場で仕分けをする単純作業だ。人混みに紛れて、電車に乗って工場へと向かう。受け付けでハンコをもらって、作業部屋に行く。そこはもの静かで、どこか苦手だ。20~30人いる部屋で、誰も会話していない。

 レーンに流れるも瓶に、シールを張るだけの簡単作業だ。ただそれだけの作業が満里には苦手な作業でもあった。下の台は動いている。流れの速さは変わらないのに、満里の体力が続かない。

「なんで、遅れるんですか?」

「お前がちゃんとやれや。ノロマ。」

「何なの。キモイんだけど、おっさん」

 満里の前にあるもう1つのレーンで作業している50代くらいの男20代くらいの女が言い争っている。関わらないように、満里は俯いて作業をしていた。

「いったん、休憩入ります」

短期バイトを指示する社員の張った声が響く。

「ちょっと、触らないで」

満里の前で作業をしていた女が、男に言っている。それを横目に満里は外に出て、一服、煙草を吸った。

 建物の中で、言い争っている声が聞こえてくる。だんだん、建物の外に人の数が増えていく。

 何分かして、作業が始まるので建物中に入ると、男女の姿はなかった。そのまま、何事もなく作業をしていく。お昼過ぎても、男女が戻ってくることはなかった。そして、その日の仕事が終わった。またハンコを貰って、家に帰ることになった。

「あの人たち戻って来ませんでしたね」

 たまたま、同じ方向の電車に乗りることになった女性にに声をかけられた。満里は29歳なので、女性も同じくらいの年齢に見えた。名前も知らない。ただ、お互いに自己紹介することもなく、電車の座席に隣同士に座った。

「ああ、はい。」

 知ってるとは言えなかった。だぶん、男女のことだろう。でも知ってると答えたら、話が長くなりそうだから、曖昧な返答をした。

「そうです。なんか帰らされたみたいですよ」

「そうなんですか」

 満里は嫌な予感がした。このまま、ずっと女性は電車内で話すのだろうか。その予感は当たっていて、男女が作業がお互いに遅かった。変な人物だったとペラペラと言葉が出てきている。満里は聞き流すように聞いていた。もうすぐ、降りる駅が近づいて来た。

「私、次の駅で降ります」

満里がいった。

「ねえ、もう少し話さない」

女性が言った。満里は嫌だった。

「すみません。この後、予定があって…」

嘘だった。予定などなかった。ただ、断りたかった。

「そうなんだ。じゃあ、連絡先を教えて」

「ああ、時間ないので、すみません。じゃあ」

ちょうど駅につたので、会釈して電車を降りた。

「予定って何?」

満里が振り返ると、電車で一緒だった女性が後ろにいた。

「なんで?」

「ええ、ここ乗り換え駅だから、私も降りただけだけど。人の降りる駅も聞かず。あなたが先に降りただけでしょう。」

「そうなんですか。じゃあ、もうこれで」

満里は突き放すよう言った。

「何、その態度」

女性がそう言って、満里をビンタして、その場から去って行った。満里は沸々と怒りが込み上げてくる。このまま、女性の元に行って、飛び蹴りしたかった。でも、満里にはその勇気はなかった。ただ、女性の後ろ姿を睨むことしかできなった。何もできない悔しさだけが、残った。

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理不尽な日を過ごす 一色 サラ @Saku89make

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