第10話 結びの歌

 声を失ったモミジは、牢の中でただうつろな日々を過ごしていた。

 ただ、雨の日だけは別だった。雨音を聞くと、名残惜しそうな顔を俯かせていた。


 星降りの大祭の日も、牢の中にいたモミジは、ただうつろな目をしたままだった。

 阿鼻叫喚の声があふれだしても、モミジはただ黙って座っていた。



――その声を聞くまでは――


『モミジ。もう一度会いたい。星樹で待ってる』


 その声と共に、牢の中に光の扉が現れる。しかも、その声はモミジの瞳に光を灯していた。


 ゆっくりと立ち上がったモミジは、その光の扉を潜り抜ける。


 彼女が扉をくぐると共に、扉は一瞬で消えていた。


 そして、誰もいなくなった牢の中には、周囲の喧騒だけが響いていた。




「モミジ。また会えてうれしいよ。僕はこれからサクラさんとの契約を果たすよ。だけどその前に、どうしても君に伝えたかった。モミジ。ありがとう。この世界を見せてくれて」


 にっこりとほほ笑むタケル。声にならない声をあげ、モミジはタケルに抱きついていた。


「君が僕に命をくれた。サクラさんが役目をくれた。そして、君が希望をくれた。だから、今度は僕の番だ。僕は、僕の出来る事をするよ。でも、その前に見て欲しい。今の世界を――。その上で、君に伝えたいことがあるんだ」


 タケルが映し出した映像の中で、時折流れ落ちる星が大地を揺るがす。それはこの場所ではない現実の姿。その中で、逃げ惑う人々や絶望に沈む人々の姿を映し出していた。


 それを見たモミジの瞳に、晴れやかな顔のタケルが映る。


「モミジ。一緒にいる時間は少なかったけど、モミジの歌声は聞こえてたわ。星樹に再び命を灯した『始まりの歌』。とてもきれいだった。お父さん、お母さんがいなくても、モミジはちゃんと生きてくれると信じている。だから、お願い。星降りに負けないで。お母さんはモミジを信じてる。モミジの歌で、もう一度世界を繋いで頂戴。大丈夫、モミジならできるから」


 一瞬、モミジの眼にはタケルの姿がサクラに見えていた。そして、声にならない涙の叫びをあげていた。


「モミジ。僕は雨が好きだ。君に会える雨がとても好きだった。ほんの少しだけど、君との思い出が僕にとっての全てだ」


 タケルは静かに両手でモミジの顔を支える。その横で、流れ星がいくつも遠くに流れて、大地へと突き刺さる映像が再び描かれている。

 いつの間にか、タケルの体は光の幕でおおわれていた。


「ここからは僕のお願いだ。歌って、モミジ。星樹の前で。そして繋いでほしい。人々の願いと星々を。僕は君の歌で僕の役目を果たしたい。君とこの世界を見れないのが残念だけど、この美しい世界を守ってほしい」


 タケルの唇がモミジの唇と重なった瞬間、タケルの想いがモミジの中へと流れ込む。


 その瞬間、モミジを縛る戒めがはじけ飛び、彼女は光り輝く星樹の前に立っていた。


 目の前で、光の粒となりゆくタケルの顔は、とても満足そうにほほ笑んでいる。


――ありがとう、モミジ。


 タケルはそれだけを言い残し、光の粒となって消えていく。

 放散する光の粒をかき集めるモミジの手はただ虚空をつかみ、光は星樹へと流れ込んでいった。


 崩れ落ち、涙が大地にしみこむ中で、星樹の優しい光がそっと彼女を包み込む。


 その瞬間、モミジは様々な人の想いを知る。その中には父母の想いもあり、星樹もその記憶も見せていた。


 立ち上がり、歌い始めたモミジ。その凛とした歌声は、星樹をかつてない光の柱へと変えていく。


 しかし、モミジは星降りの歌を歌い続ける。


 いつしかその歌声をさらに響き渡らせるかのように、星の神殿の歌い手たちがモミジを中心として歌いだしていた。


 輝きを爆発させた星樹の光と優しい歌が手を携える。

 それは世界を覆い尽くす程のものとなり、人々の心に響き渡っていくのを、モミジは確かに感じていた。


 一筋の涙が頬を流れ落ちる中で……。

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