芋を食べてサッカーをやめる

路板書扇

第1話

 大人しい性格なのに少年は、小さい頃からサッカーが大好きだった。でも、怒る相手やチームメイトに怯えながらも誰もいないスペースを埋めるプレイスタイルで、パスは出してもボールは戻ってくることはなかった。


 シュートは気の強いチームメイトが決めた。大人たちもそういう子を褒め称えた。


 戦えると褒められる選手は、そういう選手だ。


 背も小さく足も遅い少年は、そういう子を羨ましく思っていた。でも、サッカーは大好きだった。


「サッカーはみんなでするスポーツだ」


 偉いプロサッカー選手が言った言葉を少年は信じていた。小さい子しかいない公園で少年はボールを蹴っていた。他の子に当たらないように。


 プルオーバーターン、エラシコ、ロナウドステップ、ネイマールチョップ、マルセイユルーレット。


 様々な技を少年は覚えていた。試合で一度も使ったことはないけれど。そんなことをしたら、さっさとボールを回せとコーチに言われてしまうから。


「サッカーはみんなでするスポーツだから」

 何十分も走り続けて少年がボールに触れるのは数回だ。

 守備をサボったフォワードの選手の穴を埋めるために少年は走って、走って、走って。

……少年は脚を痛めて試合に出られなくなっていた。


「なんか、チームの調子が悪いね」

「失点が多い」

「カウンターに対応できていないぞ!」

 チームはトレーニングマッチで不調だったが、原因ははっきりきなかった。


 そんなチームの事情は少年は知らずに草がまばらに生えた公園でボールを触っていた。

 その時、公園の脇をよく走っている焼き芋屋のトラックが止まった。今日は公園にあまり人が来ていない。車から出てきて震えてからジャンバーのチャックを締めたおじさんはサッカーボールを持った少年に気がついて声をかけてきた。


「なぁ、僕、焼き芋食べるかい?」

「僕、お金持ってないです」

焼き芋屋さんのおじさんは笑った。

「試食だよ、試食。ほら」

 焼き芋屋のおじさんは試食というには大きい芋の塊を石が積まれた荷台から取り出して少年に渡した。

「あ、ありがとうございます!」

「いやぁ、サッカー上手だね。サッカー部かい?」

「今、怪我をしていて、もうサッカーやめるかもしれないです」

「怪我? そんなに悪いのかい?」

「随分前から痛かったんですけど、無理して走ってたら悪くなってしまって」

「ああ、ははは。こんな子どもでも真面目な奴ほど無理をしてダメになるんだな」

少年はドキッとした。真面目だ、と少年は言われていた。

「真面目だと、ダメなんですか?」

「ダメだなぁ」


 おじさんはコーチのように偉そうに腕を組んだ。

「周りが不真面目な時に真面目だとダメだ。やり損だ。一人だけ馬鹿を見る。学校の先生は褒めてくれるかもしれないけれど、それだけだよ。サッカー少年。周りを見ろ。ルックアップはサッカーの基本だろ?」

「あ」

 顔をあげて周りを見ること。それはサッカーの基本中の基本だった。


「少年、周りを見たか? 尊敬できる仲間に出会え。まぁそういないから、真面目にやるな。やめてしまえ。面白くないぞ、そんな人生なんて。気がついた時には周囲への不満で一杯だ。真面目にやったばっかりにな」

「もし、尊敬できる仲間に会えたら?」

「その時はな」

焼き芋屋のおじさんはニヤッと笑った。


「おじさんの焼き芋を買いに来てくれ、ははははは」

 おじさんは焼き芋を売るつもりがなさそうだ。少年は笑った。おじさんは手を振って焼き芋をたくさん積んだトラックに乗ってゆっくりと走っていった。


 金色に光ってるみたいな焼き芋は、ねっとりと甘く少年の腹を満たした。

「やめよう」

とりあえず、チームを辞めよう。元気になった少年はサッカーチームを辞めることにした。

「サッカーしてないじゃないか、あいつら」

少年はサッカーが大好きだ。

少年の眼にはサッカーへの野心が芽生えていた。

「このままじゃ駄目なんだ」

 焼き芋が力を与えてくれたみたいに前を向いて、コーチにチームを辞めることを伝えた。

「でもな、お前がいないとチームがな……」

「俺のしてたのはサッカーじゃありませんでした」

 サッカーは皆でするスポーツ。最初、少年は自分以外の皆がサッカーをしていない、と思っていた。


 しかし、どうだろう。少年はチームを気遣って言いなりになったいたことに気がついた。


 チームへの貢献は必要だけれど、少年はチームに使われてはいけなかったのだ。使われる選手のしているのはサッカーではなかった。サッカーっぽい何かだった。


「僕も、サッカーが、みんなでするっていう意味をわかっていなかったんだ」

 一人になってそれに気がついた少年は、休んで怪我を完全に治した後、公園で練習を続けた。今度こそ、皆とサッカーをするために。



 一年後、ぐんと背の高くなった少年はプロチームの下部組織のスカウトから公園で名刺を渡されることになる。そのスカウトが焼き芋屋だったから、少年は物凄く驚いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

芋を食べてサッカーをやめる 路板書扇 @kawanoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る