3-2
田馬は品定めするように雁人の頭から足までを眺めた。
「ふん……そういうものか。なら当てにさせてもらうか。奴らがメタフォーミングを使う可能性は低い。刑事がやってきたのに冷静に集中なんて出来ないだろうからな。だが一応、俺らの後ろについてきてもらう。しかし……」
田馬は雁人を見ていたが、少し俯き考え込む。
「しかし、何だ?」
「俺はあんたの力を資料でしか知らん。使えるんだろうが……本当に無効化出来るのか? 例えば、この空間の、タワーのメタフォーミングを」
「出来ると判断したのはあんた達だろう。データを見てそう判断したはずだ。疑るのなら、俺を研究所に返すことだな。それともここで実演して見せるか? 言っておくが、氷点下六十度は下手すると温度差でショック死するぞ。防寒着を着ていても関係ない。肉体に直接作用する」
「つまり、仮に容疑者のメタフォーミングを無効化しても、みんな死ぬ可能性があるわけか。あんたの能力で凍死すると……」
「凍死……一分以内であれば死ぬ危険性は小さい。それに、恐らく犯人と対峙する場合は、あんたらは一種の興奮状態にあるだろう。アドレナリンとかが出ているような状態なら、そう簡単に心臓が止まるようなことはないだろう。ただ、隣の家の人間が領域に入った場合は命の保証はないがな。特に……高齢の女性? いきなりではどうなるか分からんぞ」
「……お前一人、直径一〇メートル程度なら領域外だ。それは確認してある」
「そうか……なら、決めてくれ。俺が同行するのかどうか。それと、いつ行くんだ? 今か? それとも違う時間か?」
「……今だ。九田が動かないとも限らんからな。今の内に押さえたい」
田馬は摩瑠鹿に向き直る。
「瀬尾儀、お前は彼と動け。彼は協力者だからな……極力危険な目に合わないように護衛しろ」
「……分かりました」
「では他の連中に確認する。道の左右と家の後ろを押さえる。用意が出来たら俺達は行く」
摩瑠鹿は頷く。
「本当に……急なんだな?」
雁人は首筋の制御装置の跡を手でさすりながら言った。
「ついて早々だ。いきなり本番とは……こんなに急いでいるのか」
田馬が端末に文章を打ち込みながら答える。
「急いでいる。時間的猶予はない……怖気づいたか? こちらとしても一般人の力をこんな形で借りるのは不本意だが……しかしこれ以上死人を出したくない。一般人も、犯人もな。きれいに片付けたい。人助けだと思って力を貸してくれ。あんたはメタドームで唯一の専門家だ」
「専門家は良かったな……人助けには違いない。だが、命がけだ」
「銃の所持は可能性が低い。刃物は可能性があるが、防弾ベストは君の分もある。瀬尾儀、用意してやってくれ」
そう言うと田馬は携帯端末を取り出し何事か連絡を取り始めた。
「下に装備がある。来て」
そう言い、摩瑠鹿は持っていた鞄とコートを部屋の隅に置いた。
「分かった」
雁人も壁際に自分のリュックを置き、一階に降りていく摩瑠鹿についていった。
廊下を通りドアを開けると、ダイニングに出た。カーテンが閉めてあるが隙間からの日光でうっすらと明るい。テーブルも食器棚もなくがらんとしているが、奥に流しが見えた。カップ麺や弁当箱のごみがいくつか置かれたままになっていた。
壁際にはいくつか段ボールがあり、摩瑠鹿はそれに近づいていく。
「これが防弾ベスト。防刃も兼ねているから、刺されても通らない」
段ボール箱の中から出した黒いベストを受け取る。それほど厚みはないが、普通の服に比べれば随分重いようだった。三キロ位だろうか。
受け取ったベストを着ながら、雁人が言った。
「警察官は死んだら二階級特進と聞くが……俺の場合はどうなるんだ?」
「階級で言えば、あなたは警察官ではないので特進も何もない。遺族に賠償金が支払われるとは思うけど、具体的に何の法律に基づくかは分からない。もし急な事で不安なら……あなたは来なくてもいい。少なくとも、今回は。いずれあなたの力は必要になるだろうけど、今回は連結メタフォーミングを止めるのが目的ではない」
「しかし奴らが増幅装置を持っているのなら、三人程度でも危険なんだろう?」
摩瑠鹿は上着を脱ぎ、自分も防弾ベストを付け始めた。
「危険であることには変わりない。奴らの連結メタフォーミングがどういうものなのかは分かっていないから……あなたの様に、強力な力を持った個人、未確認の特異型がいるのかも知れない。あの家の中に何人も隠れているのかも知れない。不安は言い出せばきりがない。でも行かなければならないから、私達は腹をくくって向かうだけよ。でも博打ではない。監視の結果おおよそ問題ないだろうと判断したからよ。これは現場だけの判断じゃない。メタ対全体の判断でもある」
「めたたい?」
「メタフォーミング犯罪対策課、通称メタ対」
「変な略し方だ」
「愛称は募集していないけど、投書するならご自由に。上層部の目に留まるかも」
「ふむ。いい名前が思いついたらそうさせてもらうよ……」
雁人は摩瑠鹿がホルスターを胴に巻いていたのに気付いた。リボルバー拳銃が収めてある。
「あんた、拳銃を持ってたのか、ずっと」
「ええ。メタ対は拳銃を携行している。必要があれば撃つ」
研究所で話しているときもずっと拳銃を携行していたのか。その事実に雁人は奇妙な感覚を覚えた。人を殺す道具を持っていても普通でいられる人種というのは、なんとも不思議に感じられた。
「ベルトとかは締めたが……ベストはこれでいいのか?」
「確認する」
摩瑠鹿は雁人のベストを引っ張って言う。
「お腹の方は隙間が出来ないようにベルトを締めた方がいい。胸の辺りは多少緩くてもいい。その方がエネルギーをロスさせることが出来る。その効果は気休め程度だけど……これでいいわ」
「これが命綱か」
「拳銃撃戦にはならないでしょう。でも、これがあるのとないのでは違う。単純に殴られる場合でも効果はある……覚悟はいいかしら?」
「テロ行為を止められるのなら……価値はあるだろう」
雁人は自分の境遇を考えていた。これまでずっと、自分で金を稼ぐわけでもなく生きてきたのだ。自分一人の為だけに作られた特異型能力者保護法。その法の下で生きてきた。一種の障碍者のようなものだ。だから気に病む必要はないとずっと言われていたが、何も気にせずに生きていくことは出来なかった。税金の分は働かねば。そんな思いが雁人の中にはあった。しかし、よりにもよってこんな形とは。雁人は自分の運命に苦笑した。研究所に閉じ込められるきっかけになった力で、今度は刑事の手伝いで人助けとは。
「もし私と田馬達がやられてあなただけになったら、その時は一人で逃げてください。あなたに犯人の逮捕をやってもらうつもりはない。無理にあなたの能力で解決しようとはしなくていい。あなたの仕事は我々に協力することであって、逮捕そのものは求めていない。危険が多すぎる」
「危険ね……分かった。遠慮なく逃げるよ」
どこか冗談めかした雁人の声に、摩瑠鹿は改めて言った。
「これは冗談ではない。相手は大量殺人も辞さない集団だ。私達やあなたを殺すことに躊躇いはないでしょう。九田がどういう立場の人間かは分からないけど、最悪を想定した方がいい」
「分かったよ。逃げるさ」
上から足音がして田馬が階段からこちらを覗き込んでいた。
「用意はいいか? 他の連中は所定の場所についた」
田馬の言葉に、摩瑠鹿が雁人にもう一度聞く。
「いい……のね? 雁人さん」
「ああ、行くよ。あんたらについていくさ」
「よし、では行くぞ」
田馬は階段を下りて玄関に向かった。雁人は首に触れて能力制御装置が無いことを確認し、摩瑠鹿について玄関に向かった。
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