重要参考人

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 二人は一時間弱で泰遠区都に到着した。バスと電車ではなく、レンタカーを使った。警察車両であればパトランプをつけて緊急走行が可能であり、もっと早く着くことも出来ただろう。十分か十五分の差だったが、重要参考人を見つけたという今の状況では、文字通り一分一秒が惜しかった。

 携帯端末に送られてきた住所から少し離れた場所に車を停める。日山という地名の住宅の多い区域だった。メタドーム完成直後に作られた旧世代型の住居が多く、ほとんどが画一的な見た目をしていた。屋根や壁の色に違いはあるが、建物の構造はほとんど同じだ。所々売り地になった空き地や、新しく建て直された住居がある。住居をコーヒーショップやヘアサロンに変えた建物もあった。中程度の年収の住民が居住する、ごく普通の住宅街だ。

 泰遠区都には治安の悪い区域も存在するが、ここは治安のいい場所だ。この日山地区では、ここ数年に何件か空き巣や車上荒らしが発生しているが、殺人などの凶悪事件は起きていない。その点でも普通の街だ。ここに重要参考人がいるというのは、つまり一般人に紛れているという事であり、分かりやすい反社会的な性向を持った人物ではないという事だろう。

 重要参考人の男の名前は九田従人。洋服店の販売員だった。妻と子供が一人。家は日山地区内にあり、妻と子供はそこにいる。今九田従人が潜伏している住宅は、犯人達の隠れ家らしき物という事だった。

 約半月前に不審な人の出入りが確認され、それ以来監視を続けている。入った者は数時間か数日で出てくるが、九田は十日前に入ったきり外に出ていない。内部で他のメンバーに指示をしているのではないか? そう考え、九田の身柄を確保することにしたのだ。

 罪状はテロ行為への関与だが、物的な証拠があるわけではない。単に妙な人の出入りがあるというだけなら、例えば未登録のドミトリーのような宿泊施設だったという事もあった。

 決め手となったのは、異常なメタフォーミング反応だった。

 環境寛解タワーのメタフォーミング領域は同心円状に一様となるが、住居や人間の存在数によって多少影響を受ける。その為強度を均一に調整する調整装置が一キロ間隔に格子状に設置されている。その装置の有効範囲内で異常なメタフォーミング反応が継続して発生する場合、調整装置は環境寛解タワーからのメタフォーミング波を増幅したり減衰させて調整する。ただし、住宅地などの場合はある程度人が過密な状態であり、普通の調整装置の解像度では異常個所を特定出来ない場合がある。その場合には可搬式の計測器を使い、詳細な計測を行って調整を行う。

 メタフォーミング犯罪対策課が使ったのは、その可搬式計測装置だ。九田が潜伏していると思しき住居の付近を、捜査員が通行人を装い計測装置を隠し持って何度か通行したのだ。そして異常な強度のメタフォーミング波を検出した。タワーや調整装置の出力を下回っており実際に環境への影響はないが、個人が出すメタフォーミング波としてはありえないほど高い数値だった。

 犯行には連結メタフォーミングが使われた可能性が高いが、その際に何らかの増幅装置が併用された可能性も考えられていた。人が密集して連結メタフォーミングをすると強いメタフォーミングとなり範囲も広がる。しかし、犯行に使用されたと思われる数珠つなぎの連結では、その範囲は連結した人数分の長さにしかならない。だが増幅装置を使えば、メタフォーミングの範囲を広げたり長くすることも出来る。消防署内から半径五メートル程度ではなく数十メートル先から能力を連結させることも可能になるのだ。

 その為、九田が潜伏している住居からの強力なメタフォーミング波は、何らかの増幅装置からのものであると考えられた。

 何度か計測装置を使ったが、メタフォーミング波が出ているときと出ていない時があった。出ているときは何らかの犯行に及んでいるのか、あるいは別の目的なのか。一昨日の事件の時間は計測出来ていない為、因果関係は不明だ。摩瑠鹿は犯行の準備や予行演習と考えていたが、いずれにせよ断定出来るほどの情報はまだ見つかっていなかった。

 仮に逮捕しても九田がテロ行為の犯人であるという証拠は出てこないだろう。その場合でも増幅装置を個人で所有、使用することは犯罪である為逮捕は可能だ。増幅装置の出所を突き止める事が出来れば、何らかの手がかりにつながるはずだ。摩瑠鹿達メタフォーミング犯罪対策課はそう考えていた。

 九田が潜伏して言う住居の中に何人いるのかは分からない。少なくとも九田と、一昨日に入った二人を合わせて三人はいるはずだが、それ以外にもずっと以前に中に入った者がいれば、それは警察の監視以前のことだから分からない。少なくとも三人。あるいは五人か、多くても十人程度だろう。買い物の頻度と量から推定すると三から五人だが、入ってみなければ分からない。

 摩瑠鹿と雁人は、潜伏先の住居から五十メートル程離れた家に入った。そこは警察が九田の監視の為に借りた空き家だった。今は電気と水道も通り、冷蔵庫や電子レンジなど必要な物が持ち込まれていた。通信用のパソコンと、監視用のドローンの操縦デバイスもあった。

「お疲れ様です」

 二階の南向きの部屋に田馬(たば)刑事はいた。カーテンを閉め切った薄暗い部屋で、床に置かれたパソコンなどの電子機器が煌々と明るい。振り返った田馬刑事の顔が青白く照らされていた。

「来たか。遅いぞ」

 そう言うと、田馬刑事はパソコンの画面に視線を戻した。雁人が視界に入っていたはずだが、気にする様子はなかった。

「すいません。状況は?」

 摩瑠鹿は田馬刑事の脇にしゃがみ込みパソコンを覗き込む。そこには九田がいると思しき家のライブ映像と、その家につながっている通信回線の通信履歴などが表示されていた。メールや電話を時々している。その頻度は異常なものではなかったが、法的には会話内容会相手のアドレスを調べることは違法だった為、これ以上のことは分からない。

「変化はない。だが先週までは大体十人近くが入ったり出たりしていた。それがほとんど出払い、今では三人だけ。このまま誰もいなくなるのかも知れない」

「一昨日の件が成功して終わったから?」

「さあな。どこか別の場所に移って別の犯行に備えるのかも知れん。あるいはたまたまなのか。しかしもし全員いなくなるというのなら、チャンスは今だけだろう。残りの二人も、出来れば一緒に逮捕したい」

「罪状は?」

「違法なメタフォーミング波増幅装置所有及び使用の疑い。しかしそれで引っ張れるのは二十四時間だけだ。抵抗するなら公務執行妨害も付けられるかもしれんが……」

 田馬は首を左右に曲げて骨を鳴らした。

「一番心配なのは、奴らが攻撃的な、それも致死性のメタフォーミングを使うことだ。三人いれば三〇メートル位は届くらしい。しかも増幅装置付きだからもっと広い可能性もある。右隣は高齢女性が一日中いる。左隣は、専業主婦の女性と勤め人の男性で、今は女性も買い物で不在で誰もいない。裏は男性の一人暮らしで、在宅の仕事をやっているらしくほぼ一日中いる。仮に今消防署と同じような危険なメタフォーミングが発現すれば、容疑者三人、一般人二人、それと俺達数人が死ぬことになる。もっと多くなるかも知れん」

「そこで彼を……?」

 摩瑠鹿は後ろで立ったままの雁人を見た。雁人は興味深そうに部屋の中を眺めていた。

「あんたが……稀覯人?」

 聞きながら、田馬が立ち上がる。

「九羽場雁人だ。稀覯人は俗称……正しくは特異型メタフォーミング能力発現者だ。俺は、刑事さん達がその犯人の場所に行くのに同行すればいいのか? まさか俺が先頭とは言わないよな?」

「俺は刑事の田馬だ。九羽場さんね……理想を言えばあんたが先頭だ。その方が能力を無効化しやすいだろうからな。しかしそうもいかんから、俺達の後ろについてもらうことになる」

「そうか」

「で……瀬尾儀。彼の能力は確認したか? 資料では読んだが、本番で緊張して使えませんでしたでは意味がない」

「心配いらない」

 摩瑠鹿の代わりに雁人が答えた。

「俺は普通の奴と違って、能力を発現させるんじゃない。抑制しているのを止めるんだ。垂れ流しなんだよ、俺の能力は。寝ている間は止まるようだが、起きている間は気を張っていないと力が漏れる。だから、力を出すことが出来ないという事はない。そして今は……」

 雁人は首をさする。能力制御装置を外し自由になっていた。

「能力制御装置は外して、俺は今自分で力を抑えている。それをやめれば力が勝手に発現する」

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