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 今回の事件はこれまでの犯行とは全く次元が異なる。メタフォーミングの内容も被害の規模も桁違いだ。おかげでメタフォーミング犯罪対策課を含む泰遠警察は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 そして今一番問題なのは、犯人の組織の全貌が全く分からないことだった。他に何人いるのか、どこに潜伏しているのか、全く情報がなかった。死んだ犯人以外にも複数の協力者がいて連結メタフォーミングに協力していたはずだが、犯行の全貌も分かっていない。

 連結メタフォーミングの有効距離は直径一〇メートル。人間を中心とした一〇メートルの範囲がメタフォーミングされ、その範囲内で他の人間が同様のメタフォーミングを行うと、メタフォーミング効果は連結し一つとなる。そして有効範囲も連結数の増加に伴い広がっていく。何千、何万とつなげることで、メタドームが出来る以前は人海戦術で凍結災の超低温環境から身を守っていたのだ。

 今では環境寛解タワーが代わりにやってくれているが、タワー内部には住居や役所、一般企業などが入っており、常時五〇〇人以上が滞在、居住している。その人達のメタフォーミング能力を借り、環境寛解タワーは自動で能力を連結させ、一基当たり直径一〇〇キロのメタフォーミングを行っている。

 その為、今では住民が自発的に連結メタフォーミングを行うことはない。数人程度の低い強度だと環境寛解タワーの出力に負ける為、そもそもメタフォーミングを発現することは出来ない。また特異な環境が発生するとタワーに負荷がかかるので、原則として禁止になっている。

 犯人達がやったのは、連結メタフォーミングであるに違いない。消防署内に侵入したのは一人だけだが、その後ろにはもっと大勢の、環境寛解タワーの出力を超えられるだけの人数がいたはずである。恐らくは数十人、あるいは一〇〇人を超えるかも知れない。

 単純なのは全員で消防署を丸く囲むことだが、監視カメラではそのような様子は確認されていない。そうなるとあとは、数珠つなぎの様に連結していることが考えられるが、その場合でも周囲に不自然に人が配置されている様子はなかった。その為、どのように連結メタフォーミングを行ったのかが分からないままだった。

 それで白羽の矢が立ったのが稀覯人である九羽場雁人だった。九羽場の強力な能力なら、他者のメタフォーミング能力を無効化し、自身の能力で上書きすることが出来る。それは環境寛解タワーでさえ凌ぐ強度だ。連結メタフォーミングであっても、能力の発現を阻害することは十分可能と考えられた。早期に犯罪を発見しその現場に行く必要があるが、今の所有効そうな手立てはこれだけだった。

 他にも町の至る所にあるメタフォーミング調整装置で住民の脳波を観測し、そこから異常なメタフォーミングを探るという案もあったが、個人の特定はプライバシーの侵害になるとして実現は難しかった。それは今実現可能となる様に立法化を進めているが、早くても半年はかかるだろうとのことだった。

「実験用の寛解タワーなら、俺の能力で無効化出来ることは分かっている。本物のタワーも、数値的には止められる。それは一種の脆弱性だが……何人連結しているのか知らないが、人間同士の連結メタフォーミングなら問題なく止められるだろう。十人程度のものなら研究所の実験で、実際に止めたことがある。しかし、迂遠だな。犯人を見つけたら殺せばいいじゃないか。狙撃するとか」

「犯人は一種の宗教的な思想により団結して活動をしていると考えられる。だから死人が出て妙な聖人扱いでもされると、火に油を注ぐ結果になりかねない。それに相手は恐らく数十人単位で犯行に及ぶ。一人二人を撃ったとしても止まらないし、かと言って全員を殺すわけにはいかない。犯人の射殺は批判が大きくなるから、警察としては耐えられない」

「消防士を殺すような連中など、生かしておく必要があるのか?」

「法治国家ですから。もどかしい思いはありますが……生きたまま逮捕するのが最善です」

「……なるほど。そういう事情があったのか……どうせならそういう内情も教えてほしかったな」

「文書としてデータに残したくない事実もありますので……その為に、例えば私がいる。ここまで私が来たのは、そういう意味もある」

「そういうものか。分かった……ついでと言うと変だが……」

 九羽場は少し躊躇うように言った。

「何か?」

「俺の事は、雁人と呼んでくれるか。苗字が……あまり好きじゃないんだ」

「……九羽場ではなく、雁人さん」

「ああ。初対面の人間に頼むのも気が引けるが……思い出したくないんだ。自分が九羽場家だという事を」

 そう言った雁人の顔は、どこか憂いを帯びた表情だった。

 九羽場家……雁人の力により母は事故死している。父と兄がいるが、彼らは雁人には一度も会いに来ていないとのことだった。その彼らに対し、雁人は特別な感情を持っているようだった。

 残された父と兄からすれば、自分の家族とは言え、雁人は母を殺した張本人でもある。そこには、他人では窺い知れない感情があるのだろう。推測することは出来るし、聞くことも出来るが、摩瑠鹿は何も聞かない事にした。それは下世話なことに思えた。

「分かりました」

「ああ、悪いね、刑事さん」

 男の名前をさん付けで呼ぶなど、摩瑠鹿にはこれまでの人生でその機会はなかった。妙な気分だったが、これも仕事のうちだ。名前の呼び方ぐらいで機嫌を損ねられてはかなわない。

 バス停が見えてきた。雁人は名残惜しいのか、研究所の方を気にして歩いていた。

 事件が解決するかどうかにもよるが、期間はひとまず一か月だ。出来ればその間に事件を解決したい。首謀者が誰かも分からない状態だが、このドームを守る為にも早く犯人を捕まえなければならなかった。

「……ん? 失礼、電話が……」

 摩瑠鹿は足を止め、携帯端末を取り出した。メタフォーミング犯罪対策課からの電話だった。嫌な予感がする。そしてそれは、往々にして当たるのだ。

「はい、瀬尾儀です……はい……何ですって……?!」

 摩瑠鹿は切迫した様子で会話を続ける。雁人はその様子を眉をひそめて見ていた。何かが起きているらしい。そしてそれは、ろくなことではなさそうだ。

 やがて電話が終わり、摩瑠鹿は雁人を見ていった。

「さっそくあなたの力が必要になった。重要参考人の居場所が分かった……そこへ向かう」

「……いきなりか?」

「ええ。改めてあなたに事件の説明をしてからと思ったけど、しょうがない。あなたのその力が、必要になるかも知れない。首の装置は外してください」

「……了解した」

 雁人は自分の首の能力制御装置に触れた。それは他人を守る為の物であり、雁人の心を守る為の物でもあった。それを外すという事は、自由であると同時に責任が伴うという事でもある。

 雁人は死んだ母親を思い出した。自らが殺した母親を。また、誰かを殺すことになるのかも知れない。

 外気に触れひんやりとしている能力制御装置の表面を指でなぞる。硬く、冷たい。自分の心の殻であるかのように、雁人は感じた。殻を脱ぎ捨てれば、そこにはむき出しの自分の心がある。全てを凍てつかせる心が。

 誰かを殺すことになっても、それでも良い。この世界で生きる意味など、とうに失っている。俺を道具として使いたいなら、使えばいい。

 雁人は冷たい心で、そう決意した。

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