第21話 ~麗姫乃のこぼれない話~
芸能一家である我が姫乃家では、家族はおろか親類縁者一同が、代々俳優の一族だ。
そう言った訳で、この私も例に漏れず、幼き頃より芸能界のいろはを叩き込まれ、女優としての英才教育を受けさせられた。
その様な家庭環境の直中で、私が小学校に入学すると同時に、実のお兄ちゃんである
そう、
さて、幾らお兄ちゃんがその様な爆弾発言を宣言しようとも、私が女優と成るべくの厳しいレッスンの日々は変わらない。
しかも厄介なのは、セオリー通りに私立の小学校へ赴くのでは無く、敢えて公立の小学校へと通うリスクを背負わされ、おまけに、ある日突然の鮮烈デビューを演出する為に、学校内での私の装いは、過度に地味な恰好で生活する命を課せられていた。
縁戚
だが、俗世に染まり過ぎるのは「悪」とされ、クラスメイト達と必要以上に仲良くする事は禁じられていた。「これも修業の内で有るからして、
そして悲しきかな、この様な私に対して嫌がらせを行う連中が現れてしまうのも、人の世の常でありましょう。ですが、その様な事態が発生しよう物ならば、即座に姫乃家の「専属御庭番衆」が現れ、速やかに対象の処理を施すのである。そう、そいつは大抵の場合、「虐めを開始しようとしていた人達は、突然のお引っ越しにより、漏れなく当校から
この様に、私に取ってマイナスとなる人間の理不尽な排除が平然と行われる日常の日々。それに加えて、地味な小学校生活と過酷なるレッスン……この激しいギャップが生じる二重生活は、私の心を徐々に削っていった。
そうして、何時しかこの私は、自然と笑える事が、全く出来なくなっていたのである。
だがしかし、こんな絶望の淵にあった私を救ってくれたのは、何を隠そう、同じクラスメートであった、あの焔煜君であったのだ。
既にこの頃から焔煜君は、休み時間や放課後などに漫談を披露。当然爆笑をかっ
だがそれでも、私だけが決して笑う事は無かったのだ。と言いますか、所詮は小学生の
しかも、ギャラリーである、クラスの女子の大半は、焔煜君のルックスに見とれているだけであって、
そんな、教室でたった一人だけ笑っていない私に対し、焔煜君は業を煮やしたのか、つかつかと歩み寄って来てこう言うのだ。
「ふん。貴様は何故笑わない、姫乃麗よ。それのみか、僕に対して必要以上に取っている冷淡な態度よ。ふん。貴様が持つ折角の高貴なお名前が、その無愛想な印象で台無しになっていやがるのだぞ。それらも含めて、
はいはい、
私は焔煜君とは目も合わさず無言を貫き通し、投げ掛けられた質問にも答える気は一切無い。
けれども、焔煜君はこう続けた。
「ふん。僕もお笑い芸人としては、まだまだ未熟者と言う事であるな。ふん。よし、決めたぞ。……ヒメノオォォオオーーッ! 僕は貴様がッ、笑うまで、
はいはい、又してもジョジョの奇妙○冒険のパロディ乙ね。と言いますか、ネタるって何だよ。
それからは宣言通り、焔煜君は連日、「ふん。僕の今日のネタはどうだった? 面白かったか?」と、
この様な
この日も私は、相も変わらず
そこで悔しそうな焔煜君は、去り際の苦し紛れに、こんな一言を言い放ったのだ。
「ふん。……ガッハッハ、テメェはマジで笑わねーよな、バッキャロー、コンニャロー! ガッハッハ」
……あっ、これって私のお兄ちゃんのオリジナルギャグだ……。
……と言いますか、最近になってお兄ちゃんは、所構わず様々な場所でお笑いのネタをゲリラライブ的に披露し、お笑い芸人としての修業を始めたと言っていた。きっと焔煜君はお兄ちゃんのネタを、町の何処かで見てきたのでしょうね。
……と言いますか、どんなに面白いお笑いネタをテレビ番組や生ライブで観覧しようとも、「面白さ」と言う面では、身内ネタや内輪ネタに勝るものはないのである。
これにて、私の凍結されていた、「笑う」と言う感情が溶解。私は暫く振りに噴き出して、お腹を抱えて大笑いしてしまった。
「ふん。やっとこさ笑いやがったか、姫乃麗よ。だがしかし、さっきの僕がほざいたフレーズであるが、先日見掛けた、「やたらめったらおっとろしい顔をした中坊のあんちゃん」が、隣町の
ああね、焔煜君が述べた特徴からして、その中学生は十中八九お兄ちゃんの事であろうね。……と言いますか、「バッキャロー、コンニャロー!」だとか、絶対に流行らなさそうな所が、私のツボである。
「ふん。姫乃麗よ。悪いがまだまだ付き合ってもらうぞ。貴様が僕のオリジナルネタで、抱腹絶倒をするまでな」
……ええ、勿論です。全然構いませんとも。……と言いますか、この日再び自分が「笑えた」事は、本当に嬉しかったですし、心底焔煜君には感謝をしておるのです。なので、その恩返しも兼ねまして、地の果てまでもお付き合い致しましょうぞってね(笑)。
それからも、五十音順の出席番号順の関係からか、私と焔煜君とは良くペアを組まされる事が多かった。
その焔煜君だが、彼は無意識の内にラノベ主人公特有の天然ジゴロっぷりで、度々この私を喜ばせるのである。そう、例えば家庭科の授業でナチュラルに私の調理した料理を褒めてくれたり、掃除の時間のゴミ捨てを代わりにやってくれる等々、一つ一つは小さな気遣いではあるのだが、重ねたその回数を数えると切りが無いのである。
と言いますか、幾重ものそれらが、私の恋心に変わるのに、そう時間は要さなかった。
と言いますか、これは超絶余談ですけれども、焔煜君ってば、女子の私よりも良い匂いを出しくさってんのよね。石鹸かシャンプーかボディクリームか知りませんけどね、それ詳しくお教え下さりませよ!
……と言いますか、間抜けな私は焔煜君へのこの想いを伝える事は無く、遂には小学校をも卒業する羽目に陥るのである……。
しかし、せめてもの救いだった事は、中学校も焔煜君と同じ所に進学出来て、しかも再びクラスまでもが一緒になると言う幸運であった。
この辺りともなりますと、焔煜君のお笑いの腕は飛躍的に上達していったのである。それを証するように焔煜君は、既にこの時から、
……実を言うと、私はこの頃に一度だけ、それとなく好みの異性のタイプを、焔煜君から聞き出す事に成功していたのだ。すると焔煜君は、早速今日購入したと言うエッチな本を学ランの懐から取り出しまして、表紙のグラビア写真を飾っていたAV女優さんの特集ページを見せながら、「ふん。
……んまあ、本の種類は兎も角も、その時に理解しました事は、確かにメイクアップでは
だけれども、良かった事も一つあったんだったよ。そう、他の男子には珍しく、焔煜君はおっぱいに特段の
そんなこんなで高校生となりまして、又しても焔煜君と同じ学校&クラスメイトになると言う、奇跡のぶっ続け御多幸ではあるものの、焔煜君との進展は特に無しである。
しかれども私は、「焔煜君と同じ学府に通えている」ってだけで……そう、それだけで満足しちゃっている節があったのだ。
そんな中、高校へ進学してから早々に、焔煜君は新堂圭助君とコンビを組み、高校生芸人・ダダンダウンとして、華々しくデビューしてしまう。
私は心底焦った。何でって、焔煜君が……彼が遠くへ行ってしまう気が無性にしたからに他ならない。いいえ、と言いますか、もしも全国区レベルで人気が出てしまえば、実際にそうなるであろう事は明白である。
嗚呼、と言いますか、どうすれば焔煜君に近しくなれる? 私には何が出来る?
嗚呼、と言いますか、そもそも、クラスメイトと深く仲良くなってはいけないのだから、どうしようもないのだ。
……いいや、そんなのは単なる私の言い訳である。と言いますか、単純に私が臆病者なだけ……。
好きな人の近くに、「ほんの少しだけでも寄り添えられたらそれで良い」と、自分を偽りながらズルズルと何年間もやってきたのだ。これはその付けが回ってきただけ……。
そう、何もかも私自身が招いてしまった現状だ。
諦めろ。諦める。諦めなければならない。
そうやって自分に言い聞かせるも、自宅に帰れば自室のベッドに伏せ、「……焔煜君……好きぃ……」と、涙で枕を濡らす私である。
……と言いますか、そんなで、焔煜君との関係性に発展なぞあろう筈もなく、私ってば優柔不断な日々をだらだらと過ごし、又々性懲りもなく、約一年もの時間を無駄にしてしまうのである。と言いますか、本当に何をやっているんだ私!
最早にっちもさっちも立ち行かなくなった私は、唯一信頼出来る、実のお姉ちゃん的存在の、
西園寺財閥の御令嬢、西園寺亜矢華お姉ちゃん
そう、姫乃家と西園寺家とは懇意な間柄であり、私達は小さな頃から一緒に遊んだりしていて、丸で実の姉妹以上に仲が良いのである。
私が亜矢華お姉ちゃんに全てを打ち明けた後に、当の亜矢華お姉ちゃんは迷う事無くこう答えた。
「オーッホッホッホ! 容易い話ですわ。麗も女優志望何ておやめになり、お笑い芸人におなりなさいな。オホホ、これで憧れの彼に近づけますわね。はい、いとも簡単に解決ですわよ、オーッホッホッホ!」
「……と言いますか、亜矢華お姉ちゃん……てか、それな! ってぇの!!」
この瞬間、私のもう一人の人格が爆誕。そう、眼鏡を取ると別人となる、所謂、「二重人格フェノメノン」も、この時に産み出されたのである。この奇跡体験なアンビリバボーに、亜矢華お姉ちゃんも立ち会った訳である。
この現象の理由として、「
これにて、焔煜君が私に対しての、「見た目がタイプじゃない問題」は解決した。てか、後は本格的に私の事を好きになって頂くだけである。
てか、私が覚醒したこの日は、偶然にも私の十六歳の誕生日でもあったのだ。
さて、その日の我が家にて催された誕生パーティーでの事。一同に会する姫乃家の一族である。
いよいよ私が女優デビューを果たす為に、まずはアイドルとしてデビューさせて云々ってな戦略を、親族共々が喜々として語っている。てか、御苦労なこって。
そうして、この
「さぁ、これまでやってきた諸々の事に善くぞ耐えた麗よ。数日後に麗は華々しく芸能界へ新出する事となる訳だが、今一度問う。麗はどの様な道を歩む?」
親族一堂は当然、従順な私が、「アイドル道を経て、行く行くは大女優の道へ」との答えが返されると思っているのだ。
だが、私はこう答える。
「“お笑い芸人”に!!! 私はなるっ!!!! ドン!! てか、糞家族共!!! ファッ〇だってぇの!!!」
私は某海賊王を目指す、某麦わらの一味船長風に、不敵な笑みを浮かべながら、そう言い放ってやったのだ。てか、あのまま「笑う事」を忘れている私だったらば、「こう言った笑い方」さえも出来なかったであろう。
気分は爽快、有り難うね、焔煜君。
さあて、ハトが豆鉄砲を食らったような表情をするのは、
「ガッハッハ、こりゃ愉快痛快奇々怪々だぜ! テメェらの「教育」ってか「洗脳」は大失敗のご様子だったみてぇだな! ざまぁねぇぜ、バッキャロー、コンニャロー! ガッハッハ」
お兄ちゃんがその発言を放った途端に、他の姫乃家親族共の、「やはり兄の武士の存在が邪魔だった」「お前は一族の面汚しだ」等々の罵声が飛び交う。てか、そんな散々な誕生日会になっちまった。てか、最高だぜってぇの。
そして、この結末を一人だけほくそ笑んで見ているのは、本日の誕生会にもお呼ばれをしていた亜矢華お姉ちゃんである。
亜矢華お姉ちゃんは、私が女優になりたくない事も知っていたし、今思えば、恐らくは焔煜君に恋心を抱いている事も、大分前にばれちゃっていたのだと思う。だって、実の妹同然に、本当に私の事を大事に想ってくれている人だから。……かと言って、私のお部屋に盗聴器とかを仕掛けるのは、
てか、最後に私の背中を押してくれたのは、確実に亜矢華お姉ちゃんなのだ。だから、本当に感謝しているんだよ、亜矢華お姉ちゃん。
そんな、はちゃめちゃ誕生会の後、私の部屋に入って来て、亜矢華お姉ちゃんはこう言うのだ。
「オーッホッホッホ!
そして透かさず、「わたくしって、おそろしい子! そうよね、麗!」と
てか、そう言う物語の黒幕っぽく振る舞う行為は、私の部屋で行うのでは無くって、一人でこっそりとやるものだよね。
けれども、私はちゃんと理解しているよ。てか、これってお笑い芸人さんには比較的有り勝ちだったりする、言わば照れ隠しだったりするんだよね。
ふふ、改めて有り難うね、亜矢華お姉ちゃん。てか、大好きだよってぇの。
さあさあ、晴れて高校生芸人、
……あ? てか、ロックな要素とて、殆ど絶無ですよね? だと?
うっせぇ! てか、
ほらな? ロックだろ?
でもって、今は高校生芸人になって本当に良かったと思っている。てか、これで愛しの焔煜君に、後顧の憂い無く近付いて行けるってなもんだからな。
てか、そう言えば、私が高校生芸人となって間もない頃のS.O.B.にて、その時の対戦相手は凸×凹でしたな。
あの時、私が勝利した後に、いきなり焔煜君が現れて、手の甲のファースト接吻を奪われた時はマジで驚きましたぜ。私もかなりこと視力が悪いので、最初は誰だか分からなかったし、余計にな。
それで、ダダンダウンの焔煜だと名乗られた時は、正直嬉しさでハートドキドキだぞ。
だけど、同時に私だと認識されていないと分かり、正直悲しさでハートブレイクだぞ。
うーむ、眼鏡脱着で
くすくす。……てか、私ってば焔煜君の事を想って、又もや思い出し笑いをしちゃっているな。
一時期は私が「笑えなくなっていた」だなんて信じられないし、てか、「笑う事」ってのはマジで素晴らしいなって、改めて思うよ。
うん、てか、やっぱり焔煜君って面白い。
何時か私の芸でも、焔焔君を爆笑させてみたいな。てか、笑ってくれるかな?
そうやって焔煜君の事を考えていたら、再びにやけてしまっている私が居るし。
てか、あの交換ネタ帳って本当にどんなのなの? てか、気になって夜しか眠れませんよってぇの。
ふふ、どんだけエンターテイナーなのさ焔煜君。てか、
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