第12話 ~亜矢華西園寺のこぼれない話~

 新堂麻琴しんどうまことは「聖ホリプロ女学院」に女装をして通う唯一ゆいいつの男子である。この事は未だに、親族を含めた極々ごくごく一部の人間にしか知られていない。


 これは新堂麻琴の記念すべき高校生活第一日目の出来事。入学式も滞りなく終了し、新堂麻琴は放課後の校舎散策を足任せに堪能していた。


 そんな時に偶然すれ違った西園寺亜矢華さいおんじあやかが、不意に新堂麻琴に声を掛けてきたのだ。


「そこを行く貴男あなた、お待ちなさい。タイが曲がっていてよ。本校の先達であるわたくしが、きちんと結び直して差し上げますわ」


 既にピンの高校生芸人として、そこそこ名を馳せていた西園寺亜矢華であるが、新堂麻琴は関東のお笑い芸人に興味が無く、この時は西園寺亜矢華の顔すら知らなかったのである。


「にはは、チーッス。つーか、あーしのこの恰好ってば、全体的に可愛くなる様に着崩してるだけなんスけど、注意するのがリボンだけって、先輩ってば超受けるッスねー」


 そうやって少し悪態をついて返事をしてみた新堂麻琴であったが、さも漫画やアニメから飛び出してきたかの様な西園寺亜矢華のトリッキーな風体ふうていを確認するなり、「あっ、こりゃさからうと難儀な人ッス」と観念し、一先ひとまず西園寺亜矢華に身を任せる事にする。


 そんなで、新堂麻琴のスクールリボンを直してあげる西園寺亜矢華。そしてこの時の新堂麻琴だが、「本当に整えるのはタイリボンだけなんスねー」と心の中でプチツッコミを入れたりしていた。


「これはお姉さまであるわたくしからの忠告ですの。どうやら貴男はネクタイと並行して、性別までもまががっているみたいですわね。化けの皮が剥がれてしまいません様に、精々気を付ける事ですわ。ちゃんとお天道様やマリア様はみていらっしゃいますわよ。それでは、ごきげんよう」


 お分かり頂けただろうか。そうである。西園寺亜矢華はただに、如何いかにもなこのお嬢様女子校然とした「聖ホリプロ女学院」で、散々さんざんっぱら使い古された「マリみてネタ」を、一度で良いから再現してみたかっただけ……とでも言うのだろうね。新堂麻琴の正体なんぞは二の次だったりするである。


「にはは、あの人マジかいな。前よりかリボンぐじゃぐじゃになっとるし。不器用かあの女。いやいや、、そこやあれへんわ。今まで誰にも扮装ふんそうがバレた事は無かったのに、見破られたんが問題やっちゅうねん」


 ふとしたアクシデント等々で、日常生活では通常封印している関西弁が出てしまう新堂麻琴である。その際は一人称も「あーし」から「うち」に変わってしまう。


「にはは、残念ながら、うちの美貌は相当の物や。そんじょそこらの女子には負けてへんと自負しとる。容姿もメイクも完璧や。声やって、某女性アイドル声優に匹敵する萌えボイスを完備し、声豚をさせるくらい朝飯前やで。あいつ只者ただものとちゃうな。……せや、あの浮世離れした雰囲気のお嬢ちゃんを相方に迎えたったら、高校生芸人のトップも夢と?」


 そう見定めた新堂麻琴は、つぶさに西園寺亜矢華の後を追い掛けるのである。


「にはは、おーい、ちょい待ちいや、さっきのやーい」

「あら、貴男は先ほどの。誠に見れば見るほど、性的にも他より突出して自堕落な新入生ですわね」

「にはは、それどう言う意味や失礼な。それよりあんた、うちの秘密を言い触らしたりせんとってな。色々と事になるさかいに」

「オーッホッホッホ! その事をネタに脅迫し、良くあるアダルトゲームや成人向け漫画の凌辱系ストーリー展開でもご想像なさって? オーッホッホッホ、安心なさいな。現時点でのわたくしのマイブームジャンルは純愛・ラブラブエッチですので、少なくとも今だけは陰鬱いんうつなシナリオに食指しょくしが動かないのですわ」

「にはは、それって再び周期が巡って来たら、いずれうちに迫り来る厄災っちゅう事やんか! ホンマに堪忍してえや! ちゅうか、あんたはうちの事をきっしょい奴とか思わへんかったん?」

「オーッホッホッホ! 全く思いませんわね。わたくし、好き嫌いはハッキリしている方なのですけれど、「性」に関する偏見は一切ありませんの。セックスにタブーは御座いませんのよ」

「にはは、いや、そら確かに「性別」も英語で表すと「SEX」て言いますけども、はたしてどっちの話やろか? にはは、何やら色欲に忠実なごうものって所は驚愕きょうがくやけど、あんたおもろい女やな。うちの秘密を瞬時に看破かんぱしたんもあんたが初めてやし、うちお姉ちゃんの事気に入ったわ」

「オーッホッホッホ! 又しても、わたくしに心を奪われる人間が産声をあげてしまいましたのね! 罪なわたくしですわ!」

「にはは、かもしれまへんな。そないな眩いばかりに光輝こうきはな姉御あねごに話があんねん。あんな、あんたってお笑い芸人に興味あらへんの?」

「あら、奇遇ですわね。丁度コンビになるべく相方を捜している程度には、わたくし関心を寄せていますわよ」

「にはは、グッドタイミングやんか。ほならうちと組もうや。あんたとやったら……いや、先輩とやったら絶対天下取れる気ぃがにしよんねん。にはは、一発当てて、二人で一花咲ひとはなさかせたろうやないの」

「オーッホッホッホ! その申し入れの件、よろしくってよ。だって貴男からはビジネスの匂いが致しますと、わたくしの直感がに訴えておりますもので。わたくしは高等部三年生の西園寺亜矢華と申しますの。よろしくお願い致しますなのですわ」

「にはは、ほな交渉成立って事でオッケーやんな。即断即決おおきにね。うちは一年の新堂麻琴や。こちらこそよろしゅう、西園寺亜矢華先輩♥︎」


 がっちりと握手を交わす二人。これが世に言う金色マカロン結成の変であった。


 この様に西園寺亜矢華は、時として人間の本質を見抜く洞察力を発揮するのである。


 さて、そんな西園寺亜矢華の目利き小話をもう一ヶほど。


 コンビを組んでからは、S.O.B.で勝ち続け、怒涛の快進撃を続ける金色マカロンだ。この日も例の如く勝利した金色マカロンに、三歳位の小さな女の子が駆け寄って来て、その子が西園寺亜矢華に花束をプレゼントしながらこう言うのである。


は金色マカロンの大ファンことに西園寺亜矢華お姉ので、将来大きくなったら西園寺亜矢華お姉のお嫁にして下


 そうすると側に居た新堂麻琴が、「ヒュー」と茶化す中、西園寺亜矢華はその童女どうじょのブーケを受け取りながらその場にしゃがんで、その子の頭を撫でつつ満面の笑顔で答えるのである。


「オホホ、まずは素敵な賜物たまものを頂きまして、どうも有り難う存じます。それから花嫁御寮はなよめごりょうに関してですが、それはアナタがもう少し成長し、とても魅力的な大人になった時に、今一度わたくしに会いに来て欲しいのですわ。お返事はその時に致しますの。それでは、ごきげんよう」


 そう言い終えた西園寺亜矢華はゆっくりと立ち上がり、ウインクと投げキッスを少女に向かって放った後は、颯爽さっそうとその場を立ち去る金色マカロンである。その幼女はと言うと、ぼんやりとではあるが、西園寺亜矢華の言葉を理解したのか、ぽっと頬を染めながらも半ば放心状態なのであった。


「にはは、やけに亜矢華先輩お優しいじゃないッスかー。なんか他人に対しての、何時いつもの対応と雲泥の差って感じッスよー」

「オーッホッホッホ! あらまあ、麻琴まことさんには言ってませんでしたかしら? わたくしは無類の子供好きですのよ。取り立てて驚くには当たらない受け答えですわ」

「にはは、そうだったんスねー。そいつは予想外だったッスよー。だけど良いんスか、亜矢華先輩ー? あの幼児さんがもっと育った時に、まだ亜矢華先輩に惚れていた場合はどうするつもりッスかー? だってあの子ってば女児さんじゃないッスかー? まさかどちらか片方の遺伝子操作でもして、性別の壁を乗り越えちゃったりする気ッスかー? ……んまあ、それも亜矢華先輩んの財力をもってすれば、容易たやすく出来てしまえそうで怖いッスけどもー」

「オーッホッホッホ! 麻琴さん? アナタは女姿おんなすがたに扮する変質者の癖に気が付いていませんのね。あの子は麻琴さんと同類ですわよ。とどのつまりは、あの子も娘姿むすめすがたをした男の子ですの」

「にはは、ほえー、それマジッスかー。あーしのは単なるファッション女装子じょそこッスから、とんと見通せなかったッスわー」

「オーッホッホッホ! 麻琴さんもまだまだですわね。ですけれども、将来の楽しみが又一つ増えましたの。どっちに転んでも、先程のお子様は美形になりますわよ」

「にはは、流石は亜矢華先輩ッスー。人を見る鑑識眼かんしきがんが半端ないッスねー」

「オーッホッホッホ! しかしまあ、例えあの子が同姓であったとしても、わたくし的には全く問題ありませんけどもね! オーッホッホッホ!」


 オーッホッホッホ! みたいな感じの〆で如何いかがかしら? にはは、良きと思うッスー。

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