第7話 ~任天堂《まかせてんどう》のこぼれない話~

 仕事の時とはガラリと変わり、プライベートが物静かな人が多いと言うのは、割かしプロのお笑い芸人あるあるだったりする。


 基本は話家はなしかだが、マルチな芸人である天堂任てんどうまかせも典型的なその一人で、家庭では普通のお爺ちゃんである。


 その天堂任には咲妃さきと言う一人娘が居る。かつては「魔女」をモチーフにした芸風で、ピンの芸人として一世を風靡した。芸名は「魔女の宅配便 a.k.a. サキ」だ。

 彼女のネタとしては、漫談中に本格的な魔術を披露すると言う芸風なので、一部の熱狂的なファンがついていたりする。


 尚、とあるトーク番組に出演した際のサキ曰く、今時の魔女は実に近代的であるらしい。何でも魔法のメカニゼーションは当たり前で、例えばほうきの代わりにロボット掃除機・ル○バで飛ぶのがスタンダードだったり、もしくは呪法にしたって、今や携帯アプリの普及により、で行えてしまうのだと。

 にも関わらず、使い魔は相変わらず実物の黒猫を使役しており、「おいおい、そこはいまだアナログなんかい」と、御客おきゃくにツッコませる鉄板ネタが好評であった。


 そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの最中、「サキは本当に魔力を使えるらしい」と言う都市伝説まがいの噂話が、まことしやかにささやかれ始める。しかも時を同じくして、このタイミングを狙ったかの如く、サキの芸能生活は殊の外短く終焉を迎える事となる。何故ならば、ある日サキ的にドンピシャリな男性と巡り会い、あらやだ、ご多分に漏れずできちゃった結婚をぶちかましやがったからなのです。そうして入籍後は苗字も変わって紅咲妃くれないさきとなり、あっさりとお笑いの世界から引退してしまうのであった。


 この時の天堂任の父親としての重大任務、婿に面と向かっての、「お前に娘はやらん」イベントでありますが、例により大して面白くも無いので割愛しておきますね。


 なので、咲紀が本物の魔女であったかは謎のままであり、真相は闇の中である。そう、信じるか信じないかはあなた次第です。


 それから時は流れ、当然の事ながらお笑いの世界でも世代交代致します。紅咲妃の娘であり、天堂任からすれば孫娘に当たるのが紅響子くれないきょうこである。


 この紅響子も又、天堂任プロデュースによる期待の新人お笑いトリオ、ナイトメアー・ビフォア・ハロウィーンズとして芸人活動中なのである。


 ナイトメアー・ビフォア・ハロウィーンズは女児二人、男児一人のお笑いユニットで、各々のコスプレと語尾に特徴付けをして個性を光らせている。紅響子はドラキュラをモチーフとした姿で、「~ザーマス」が口癖のリーダー兼ツッコミ担当である。後の二人はボケ担当で、狼人間をモチーフとした姿で、「~ガンス」が口癖の狼牙琶菜ろうげはな(♀)と、フランケンシュタインの怪物をモチーフとした姿で、「~フンガー」が口癖の繕宏徒つくろいひろと(♂)だ。三者共に「サンミュージック保育園」出身で、人類史上初の五歳児オンリーお笑い芸人爆誕である。


 このナイトメアー・ビフォア・ハロウィーンズだが、孫娘の響子に、「どうしてもお笑い芸人をやってみたいザーマスー」とせがまれた天堂任が、鳴り物入りでおっ始めたお笑いチームなのだ。まあ、良く言えば溺愛する御孫さんを思っての微笑ましい行為であるが、悪く言えば単なる金持ち爺の道楽ですわな。


 それでもって、何とあの紅咲紀が保護者兼マネージャーを担うと言った、割とガチな布陣で臨んでいるプロジェクトだったりもするのである。無論の事、咲紀の装いは魔女の姿である。


 ……さてさて、こちらは天堂任の研究所兼別荘の方では無く、家族と共に暮らす本宅の大豪邸である。不躾ぶしつけながら彼ら一家の私生活を、ほんの少しだけ覗き見させて貰うとしよう。


「キャハッ☆ねぇねぇー、聞いて聞いてザーマスよー、まかせお爺ー。響子はねー、必ずやお笑い芸人で天下を取っちゃうんザーマスよー」

「ふむう。のである。吾輩が資金面から小道具に至るまで、してやるのである。なので響子殿は安心して、あるがまま自由にが良いのである。むふう。目に入れても痛くない程可愛いとは、正しくこの事なのであるの」

「あらあら、まあまあ、良かったわね、響子ちゃん~? まかせお爺が、おあつらえ向きの金蔓かねづるになってくれるんですって~?」

「ふむう。これこれ、咲紀よ。孫に出資する事は間違いではないし、出し惜しみは一切しないのも事実ではあるが、もうちょっと言い方ってもんを考えるのである」

「あらあら、まあまあ、ごめんあそばせ~? 所でお父さん~? 庭の物置倉庫から古い家庭用ゲーム機を、これまた大量に引っ張り出して来て、足の踏み場も無いじゃないですか~? これは一体何をやっているのかしら~?」

「ふむう。ちと落ち着くのである咲紀よ。そんな怖い顔をしなさんな、なのである。ある程度の品目をチョイスしたら、きちっと取り片付けるのであるからして」

「あらあら、まあまあ、約束よ~? では三分間だけ猶予を与えますね~? それを過ぎたら、漏れ無くリサイクルショップに引き取って貰いますからね~?」

「ふ、ふむう。その時間配分はム○カ大佐ばりの横暴なのである。そして売渡すのだけはマジでなのである。ほ、ほれほれ、じっくり見てみるのである。なんてマニア垂涎ものの超お宝で、値が付けられないほどのレア物なのであるぞ。うむう。どうせ人手に渡るのであれば、せめてメ○カリで出品して欲しいのである。そっちの方がまだマシな金額で取引してくれるのであ~……いやいや、やっぱどっちも駄目なのである!」

「キャハッ☆ビデオゲームに全く興味が無い咲紀ママってばー、熾烈しれつなる呆れ顔をしているザーマスよー。キャハッ☆愉快痛快ザーマスねー」

「あらあら、まあまあ、良くは分かりませんけれども~? 私からすれば、どれもが似たり寄ったりの廃棄物ですけど~? 実生活で実用性も何もあったもんじゃないですし~?」

「ふむう。お笑い芸人としては、おっとりな喋り方で辛辣な事を発言するのが強みの咲紀なのであったな。これは第三者からすれば面白可笑おもしろおかしい話なのであるが、こと身内となると地獄なのである。うむう。世間一般から見ても、こう言ったトラブルから親子喧嘩や夫婦間の不協和音が生まれるのである。時には死傷者も出てしまう、想像以上に深刻な社会問題なのであるぞ」

「あらあら、まあまあ、それでもしも戦闘になったとしても~? お父さん如き貧弱体型の男なんて~? 私の攻撃魔法でいちころですけどね~? 数年前の結婚に反対していた時みたいに~? 再び爆裂魔法で吹き飛ばされたいのですか~?」

「ふむう。もう全治三ヶ月は勘弁しておくれなのである。うぬう。まあ、吾輩の話を少し聞いて欲しいのである。咲紀は、昨今話題の高校生芸人、ダダンダウンの焔煜ほむらゆうを御存知であるか?」

「あらあら、まあまあ、そりゃあ知っていますとも~? あの人気のイケメンさんである煜君ですもの~? 私と響子ちゃん共々、あの子の大ファンなのですよ~?」

「キャハッ☆その通りザーマスよー。響子も煜なのザーマスよねー。併せてねー、琶菜はなちゃんや宏徒ひろともー、煜の事はて言ってましたザーマスよー」

「あらあら、まあまあ、宏徒君も煜君に首ったけなのね、響子ちゃん~?」

「キャハッ☆いかにもザーマスよー。宏徒が言う事にはー、「僕は戸籍上男性だけれども、将来的には煜に嫁入りしたいフンガー」と言っていたザーマスねー」

「あらあら、まあまあ、男の子までとりこにしちゃうなんて、煜君はどんだけ天然の人誑ひとたらしなのかしらね~?」

「ふむう。おそるべし焔煜なのである。うむう。実はな、先日レトロな業務用アーケードゲーム機ばかりを置いておるゲームセンターにて、吾輩が遊興ゆうきょうふけっておったならばな、そこで焔煜とエンカウントしたのであるよ」

「あらあら、まあまあ、それは素敵~? まさかそのまま肉体関係に持ち込んじゃいましたの~?」

「ふむう。正にになったのである。って、そんな訳あるか馬鹿もんなのである! 響子殿のる前で、未成年に適さない深夜番組的なで話すのはやめるのである」

「キャハッ☆響子はそこまでじゃないザーマスよー。ですのでお気になさらずに、お話を進めて下さいザーマスー」

「ふ、ふむう。お、女の子は男の子よりも精神年齢が高いと言われているのであるが、よもや此処ここまでの物であるとはの……なのである……」

「あらあら、まあまあ、そんなに悄気しょげ返らないでよお父さん~? それで~? 本当にお知り合いにはなれたのです~?」

「ふむう。なのである。そこで煜の奴めと対戦型格闘ゲームで勝負をしたのであるが、これまた意外や意外だったのである。あやつめ中々の腕の持ち主だったのである。この常勝無敗の吾輩と、互角の戦いを繰り広げたのである。まあ、最終的には吾輩が勝利したのではあるが」

「あらあら、まあまあ、そうなのね~? あの子ってば運動音痴で、スポーツは苦手だと公言していましたのに、eスポーツは得意だったと言う訳ですね~?」

「ふむう。左様なのである。その白熱した果し合いののちに意気投合し、吾輩と煜の間には友情が芽生えたのである。しかも成り行きで、煜を弟子にまでしちゃった次第なのである」

「あらあら、まあまあ、弟子なんて取った事の無いお父さんが珍しいですね~? よっぽど煜君が気に入りましたのね~?」

「ふむう。仰る通りなのである。なので今度は色々と、吾輩が所持している昔のゲームを貸してやると約束したのである。それにだ、将来的にあやつを巡って、漫才や映画の各業界が争う事は、誰の目にも明らかなのである。煜を独占される訳にはいかんので、先手を打ったまでなのである。うむう。あやつこそ落語界の未来を託すのに相応しい人物なのである」

「あらあら、まあまあ、そう言った肝心要かんじんかなめな事は最初に言って下さいな~? かく言う理由なれば、幾らでもひっ散らかしても結構ですよ~? ですがその代わりと言ってはなんですけれど、近日中に煜君を我が家に招待して下さいな~? これを確約出来ますか~?」

「ふむう。我が娘ながら、まことにもって現金なものなのであるが、前向きに検討させて頂きますなのである」

「キャハッ☆ひょっとすると、煜が響子に遊びに来ちゃうんザーマスかー? キャハッ☆響子ってば、図抜ずばぬけて興奮してきたザーマスよー!」

「あらあら、まあまあ、良かったわね、響子ちゃん~? 任お爺が、おあつらえ向きの金蔓かねづるになってくれるんですって~?」

「ふむう。それはもう良いのである。隙あらば繰り返しのボケ、所謂いわゆる、「天丼」をかましに来よってからに。うむう。しかし、これだけ喜んでくれたのであれば、冥利に尽きると言うものなのである。必ずや煜の奴めを、落語の世界に引き込む様に、吾輩はより一層の精進を重ねて参る所存で御座いますなのである」

「あらあら、まあまあ、そんな事は別に知ったこっちゃないですよ~? 私達はただ只管ひたすらに、煜君に会いたいだけですので~?」

「キャハッ☆咲紀ママー、響子は今すぐにでも煜に会いたいザーマスよー。何時頃いつごろ会えるザーマスかー? 明日辺りザーマスかー? じゃないと目に余る大音声の嘘泣きで、任お爺に迷惑を掛け続けちゃうかも知れないザーマスよー」

「あらあら、まあまあ、この歳で脅迫を会得しているなんて、響子ちゃんは尊敬に値する人物ね~?」

「ふむう。どこがだよ、なのである。うむう。子供の悪知恵を助長する発言は控えるのである」

「あらあら、まあまあ、お爺の申立てはスルーしちゃいましょうね、響子ちゃん~? うふふ、きっと会えるわよ~? そうねぇ~? もしかしたら今週中に~? 偶然にもダダンダウン対ナイトメアー・ビフォア・ハロウィーンズのS.O.B.とかが~? 急遽実現しちゃうみたいな~? そんな奇跡が起きちゃう可能性だって~? きにしもあらずよねぇ~? ねぇ~、お父さん~?」

「ふ、ふむう。さっきから吾輩をチラチラ見遣みやるでないのである咲紀よ。ったく、我が家の女性陣と来たらなのである……うむう。やはり男も女も、世の中顔なのであるな。これだから吾輩は二枚目と言う輩が嫌いなのである。何だか煜の奴にゲームを貸す気が掻消かききえてしまいそうな勢いなのである……」

「あらあら、まあまあ、そう言う意地悪をするのでしたら~? ついうっかり召喚魔法で~? 火を吐く巨大ドラゴンでも呼び出しちゃったりするかもですよ~? あらあら、まあまあ、お父さんもゲームも~? 全てをひっくるめて焼き尽くされし光景だとか~? 私は見たくはないのですけどね~?」

「ふむう。とっても悔い改めますなのである」

「キャハッ☆任お爺ったらー、お顔が真っ青になってて、冷や汗もダラダラ出続けているザーマスねー。そんな間抜け面を見せ付けられたら、とてもじゃないけど笑わずにはいられないザーマスよー。キャハッ☆」

「ふ、ふむう。致し方ないのである。この開発中のR1-M1をば、検証試験も兼ねて利用してみて、ダダンダウン及び煜の奴めを、まんまとめる筋書きを立ててみようなのである」


 こうして焔煜本人のあずかり知らぬ所で、彼は運命の歯車に巻き込まれていくのであった。……と言うにはちと大袈裟で、実際は特段さしたる事も起こらないのだがね。


 ほらな? 他所様よそさまの家庭内でのお喋りとかくにえないだろ? ちょいちょい荒唐無稽こうとうむけい隠語いんごも飛び交っているしよ?


 あいあい、はよ終われ。はい終わる。


 ふむう。お後がよろしいようで、なのである。

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