第3話 ~圭助新堂のこぼれない話~
夢いっぱい、胸いっぱいで迎えた、初日の「私立吉本興業高等学校」……入学式を終え、まだホームルームが始まる前の事である。
自席でまったりとしている新堂圭助に、悠然と近付いて来た焔煜が話し掛ける。
「ふん。僕は面白い奴を発掘する能力に長けている。新堂圭助とやら。貴様にはお笑い芸人の才能がある……知らんけど」
「それ全然見抜けてへんやないかい! しかもその、「知らんけど」は、関西人の万能結び言葉やんけ! どっちかっちゅうと俺の台詞や! 知らんけど!」
思わずツッコミを入れてしまう新堂圭助。
「ふん。先程の式典での話だ。校長の長ったらしい講釈や、その他の連絡事項の数々に、貴様は逐一ツッコミを入れていただろう。それが決め手だ」
「なはは、えらい上から目線な態度やんけ。何のかんのと抜かす前に、まずはワレの名前から名乗ったらどうや?」
「ふん。失敬した。わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は焔、名は煜、人呼んで「
「ほぼ独自性が有らへん、「仁義を切る」やん。寅さんシリーズに関わる、万物の物に土下座してこいや」
ここで、ポーカーフェイスだった焔煜は、不適な笑みを見せつつ、とんでもない事を言い放つ。
「ふん。やはり貴様で間違いなさそうだな。おい、貴様のツッコミを僕に捧げろ。僕はお笑い芸人として天下を取る男だ。この僕が頂きの世界を見せてやる。共に来い」
そんな風に
この男の、焔煜の、何たる迷い無き自信で有ろうか。その立ち振る舞いからは、ある種の神懸かり的な雰囲気すら醸し出している。
新堂圭助自身、お笑いに関してはハイクラスに属する人種である。
そんな彼の、芸人としての嗅覚と勘が言っていた。こいつと組めば、「いける」と。
(……はっ、そう言えば、昨日弟と徹夜でプレイして盛り上がった任○堂産のゲーム。今度はオンラインで実況配信も有りやな。世界中に観られる訳やから、恥をかけへん様に、もっと腕を磨かんと)
驚く
高校生芸人コンビ・ダダンダウン爆誕である。
その後、コンビを結成し一ヶ月くらい経った頃、力試しも兼ねて、動画投稿サイトのミーチューブに漫才をアップする。
さすれば、一週間で再生数が一億回と言う伝説的数字を叩き出し、ダダンダウンの名を一気に世に知らしめたのだ。
そんな話題沸騰の真っ最中、ある日の放課後の事である。下校中、焔煜の中学校時代の元相方と名乗る男が現れる。
夜の光に集まる虫の如く、スポットライトを浴びた人間に、凡俗が近寄って来るのは世の常だ。取り分け暫く疎遠であった者や、微妙な間柄であった者などの連絡も必ずある。今回の旧友訪問は前者のパターンだ。
焔煜曰く、「元相方のお笑いの腕は、
何故そんな奴とコンビを組んだのかと聞けば、「相方も居なかったし、特に断る理由も無かったから」ってな、ふわっとした回答。そこはかとなく、「好きでも無い相手と付き合う時の心持ち」、みたいに感じたのは気の
焔煜の元彼……じゃなくって、元相方は要望を切り出した。
「焔煜君。学校も別れてしまい、更に遠距離にはなってしまったけれど、もう一度だけチャンスを下さい。ずっと忘れられなかった。どう考えても、やっぱり君が一番、いや、君じゃなきゃ駄目なんだ。どうか相方としてやり直して欲しい」
ほれ見ろ。益々復縁交渉をしている、元アベックみたいになってんじゃねーか。
これに焔煜は、凍りついた表情で即答する。
「ふん。断る。消え失せろ、ぶっ飛ばされん内にな! ……と、今現在の相方である、この新堂が申しております」
突然のとばっちりである。
実を言えば、新堂圭助は空手の有段者である。決して喧嘩が弱い訳では無いのだが、だからって血気盛んな訳でも無い。
そう、無用な争いは出来るだけ避けたいと思うのが、常識人の心情って物だろう。
新堂圭助は精一杯のはったりを利かせ、どうにかこうにか乗り切る手段を選択する。
したらば元相方は、新堂圭助の鬼気迫る関西弁に戦慄。何とまあ首尾良く、すごすごと引き下がってくれたのである。
いやいや、それにつけても、関西弁がこれ程頼もしいと思ったのは、新堂圭助自身も初めての事であった。
その元相方が立ち去った後、焔煜は淡々と話す。
「ふん。真の友である同級生が相方でなければ、最高に面白いネタやエピソードトークは生み出せないからな。これからも宜しく頼むぞ、圭助」
この時より、焔煜の新堂圭助に対する呼称が、苗字から名前へと変化した。
何気ない事ではあるのだが、何だか嬉しくなった新堂圭助は、ずっと頬が緩んでしまう。
「ふん。何を
「なははー、かしこまっ! ……って、何をどさくさ紛れに、食いもんをせしめようとしてんねん! 煜には俺の鉄拳制裁でも喰らわしたるわ!」
照れ隠し的なツッコミに逃げてしまったが、新堂圭助もこの日より、焔煜を下の名前で呼び始めたのであった。
ふん? 元相方の氏名を教えろよって? あはは、モブの扱いなんぞ、この程度で十分でしょ。
なはは? てか、クレームですか? よろしい、ならば戦争だ。バラバラにされたい人からかかって来なさい!
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